5話 スミア村奪還しました(アムルが) (2)
「そうか。俺は負けたか」
やれやれ、といった様子で魔法で拘束され地面に転がされたままの男は言った。
その様子を見るかぎり、怪我の影響はそれほどないように見える。
あくまで少し疲労している、という程度のようだ。
「全く……心配させるなよ」
副長と名乗った男は呆れたように言ったが、どこか安心したような表情をしていた。
部下である兵達もほっと一息吐いたようだった。
(慕われてるんだな)
少し意外そうにその光景を見ていたアムルに、男は視線を向けた。
「お前、実力を隠してたんだな」
「さあ、どうだろうな」
男の言葉に、アムルはイタズラがバレた子供のようにすっとぼけて見せた。
その姿に男はさらに苦笑する。
「あの一瞬……この俺を鎧ごと斬ったあの時、魔力量がとんでもなかったぞ。それくらいは俺にだってわかる」
「いやいや、オレの魔力量なんか大したことないさ」
「何を言ってやがる、お前が"人柱"になってもいいくらいだろう」
自身が負けた相手を称賛している……というよりも、明白な事実を認めずとぼける子供に呆れたように男は続けた。
「……お前、謙遜も過ぎると、ただの嫌味になるぞ」
アムルの飄々とした態度は、男には強者の余裕にもふざけているようにも見える。
そんな姿に、男は少し苛立っていた。
しかし、アムルは謙遜のつもりではないのか、さらに重ねて言った。
「いや、本当にオレなんか大したことないんだ」
そう応えたアムルの声音は、先ほどまでとは少し違っていた。
軽い口調は変わらないが、目は笑っているようには見えない。
「オレよりも、ずっとすごい奴がいる。魔力量だってオレの倍以上あるだろうな」
「そんなわけあるか」
男からしてみれば、アムルも十分並はずれた魔力を宿しているし、それを扱う技術も一流だ。
若くして将軍の地位に就くのも納得出来る。
そんな人間の倍以上の存在がいるなど、ありえるはずもない。
「でもいるんだよ。そいつが、うちの人柱だ」
そう言ったアムルの目は、どんな感情が宿っているのか男にはわからなかった。
真剣なようにも寂しそうにも見える。
どちらにしろ、嘘をついてるつもりはなさそうだが……やはり、そんな人間がいるとも思えなかった。
大陸全土を探しても、アムルと同等の魔力量の人間すらごく僅かだろう。
さらに"倍以上"となれば、存在するとは到底思えない。
(だが、もし本当だとしたら……)
そう考えた瞬間、ぶるりと身体が震えた。
恐怖なのか、武者震いなのかはわからないが、尋常でない存在を相手にしてしまったのではないか、という事実に畏れを抱くのは仕方がないだろう。
戸惑いながら、男はアムルを睨みつけるが、ふ、とアムルは表情を和らげた。
「ところで……これからどうするつもりだ? お前の部下達は全員うちの捕虜になりたいみたいだが」
そう言って男の部下を見渡したアムルは、またいつもの飄々とした態度に戻っている。
先ほどとはまた違った態度に男は呆気にとられた。
いったいどっちが本当のコイツなんだか……と少し呆れながらも、自身の部下に目を向けた。
「あー……捕虜だったか? そんなことを言ったのか」
そう言った男は苦笑しているようだったが、責めているつもりはなさそうだ。
自ら投降するなどと言語道断――などと、倒れ伏したままで指揮をとる選択肢も存在はしただろう。
だが、男は大きくため息を吐いただけだった。
「……そっちの希望通り、全員捕虜にすること自体はこっちとしては構わないが、それでいいか?」
アムルが確認するように問えば、男はアムルへと視線を戻した。
「ひとつ、条件がある。いや負けた立場で条件などと言えた義理もないかもしれないが……聞いてくれ」
半ば言い訳するように男は言ったが、その目は真剣そのものだった。
内容がどうであれ、聞くくらいならば問題ないだろうと判断したアムルは先を促す。
「条件って?」
「俺達が自ら投降した、ということを俺達の国の奴らには言わないで欲しい」
男がそう言うと、縛られ地面に転がされている男の代わりに、副長が懇願するように頭を下げた。
部下である兵たちも縋るようにそのやり取りを見守っている。
「俺達は全力で戦った。だがお前たちが強すぎたから勝つことは出来ず、全員捕まった。……いやむしろ、全員死んだ。……そういうことにしてもらえないか?」
「そうだな……」
アムルが考えるような素振りを見せれば、兵達は緊張したようにごくりと唾を飲んだようだった。
なぜ、そんなことを条件として出すのか。
心当たりがアムルにもないわけではなかった。
エアツェーリングの王が心優しく情に厚い、ということは噂程度でも敵国の兵にも伝わっているようだった。
同じように、ノイリアの王が厳格で非情な気難しい男だ、という噂くらいはアムルも聞いたことがある。
ノイリア王国もエアツェーリング王国と同じく、軍部の最高官は国王だ。
兵達の命運は全て王が握っている。
その王の機嫌を損ねたら……と兵が恐怖を抱くのも無理はないだろう。
「……念のため、理由も聞いておこうか」
わざわざ理由を聞かなくとも、適当に口裏を合わせること自体に問題はない。
ほんの少しの好奇心と、敵国の内情がどうなっているのかの調査も兼ねて訊ねてみただけだ。
返答がなければそれでも良かったのだが、男はぽつりぽつりと話しだした。
「そうだな……どうせ、うちの王の評判くらい、お前も聞いたことがあるだろうが」
「…………」
当然、聞いたことはあるのだが、アムルはその言葉には答えず肩をすくめてみせた。
それを肯定と判断した男はさらに続ける。
「国にとって不利益なことをした奴……その問題を起こした本人"だけ"を処分するってなら、俺達だって全員で投降しようとは思わないさ。俺ひとりの首で事足りるからな」
「……ということは、本人だけじゃないのか」
アムルは少しだけ眉を顰めた。
先ほどの不可解な表情よりもずっとわかりやすく不快さが顔に表れる。
その素直さに男は少し安堵しながらもまた口を開いた。
「もし俺達が敵を目の前にして逃げたら、俺達全員首を刎ねられ、家族も肩身が狭い思いをするだろうな」
「……家族も?」
アムルの顔がさらに不愉快そうな表情になる。
その様子を見て、この国では家族にまで手を出さないことを男は察した。
だからこそ、自身の国に帰るわけにもいかない。
「俺達にだって、家族はある。俺には嫁がいるし、コイツには子供がいる。そっちのアイツは、両親が田舎で帰りを待ってるはずだ」
男は、副長と名乗った男や、後ろに控えた兵の一人を見た。
「『自ら投降した』となれば、その家族がどうなるかわからない。だが『相手が強すぎた』と理由付け出来れば、家族までは手を出さないはずだ」
実際のところ、王がどう対処するか、男たちにもはっきりとはわからなかった。
ただ敵前逃亡を図ったとなれば、どのみち故郷へ帰れないだろうとはっきりしている。
ここで捕虜になった方が、よほど自分たちもその家族も命が救われる可能性が高いように思える。
「…………状況はだいたい察した。出来る限り、お前たちの事情に配慮出来るよう、陛下には伝えよう」
それなりの人数の捕虜を増やすことは、それなりに負担になることもある。
だが、エアツェーリングの王の性格を考えれば、ここで見捨てた方が憤るだろう。
それに、上手く立ち回れば、最終的には国にとって利益になる可能性もある。
嘘を言っていないことは魔法で確認しながらも、アムルはそう判断した。
「全員、わが国で引き取るが、それでいいか?」
アムルの言葉を聞いた兵は、ぱっと顔をほころばせた。
これで助かるぞ、だの、よかった家族を守れるぞ、だの、それぞれ嬉しそうな声をわっと上げる。
その様子を見て、アムルが連れて来たエアツェーリングの兵の方が困惑していた。
敵兵に捕まるなど屈辱……などと考えている敵兵はひとりもいないようだった。
「……俺達を匿ってくれた礼に、ひとつ教えてやろう」
地面に横たわったままの男は、喜ぶ兵達とは違い冷静そうな声を上げた。




