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5話 スミア村奪還しました(アムルが) (1)

「……ふう」


 アムルは目の前に倒れた男を見た。


 その男は、鎧ごと背中を斬りつけられている。

 アムルの魔力量はさほど残っておらず防御魔法は弱い……と男は判断し、自身の防御を捨て全ての力を込めて攻撃を繰り出した。

 しかし、アムルの魔力量が少ないように見せたのはあくまでフェイクだ。


 まだまだ十二分に残っている魔力の内の一部だけでも、男の速度を超え背後へと回り込むことは可能だった。

 あとは防御が薄くなった背中へと、今度はアムルの方が魔力を込めた剣を叩きつけただけだ。



 何とか引っかかってくれて良かったな、と一息つきながら、アムルは剣を振り次の魔法を使う。


 ひとつめは、拘束魔法だ。

 一見すると光で出来た縄のようなそれで男を縛り上げる。

 動き回る相手を捕獲するような精度はないが、既に倒れている相手を拘束する程度ならば問題はない。


 次に、睡眠魔法だ。

 これは、魔法が使える者ならば防ぐことはそれほど難しくはない。

 戦闘中に正面きって使用するのには向いていないが、既に意識を失っている相手には別だ。


 無意識下の状態でも防御魔法を展開する者も存在自体はするが……。


「……大丈夫そうだな」


 男の眠りが深くなったことを確認すると、最後の魔法を使った。

 すると、少しずつ傷口がふさがり、流れ出ていた血も止まる。


 アムルは医師ではないため、治療魔法は簡単なものしか使えない。

 傷をふさぐ程度ならば問題ないが、失われた血液を補うことは不可能だ。


 この男が生き延びるかどうかは男自身の体力次第だが、おそらく問題はないだろう。



「さて、と……」


 治療してもすぐには目覚めないよう眠らせ、仮に起きたとしても身動きをとれないようにした後、アムルは敵兵たちへと向き直った。


「お前たちのリーダーは倒した! 事前に決めた通りのルールならば、我々の勝ちとなる!!」


 全員に声が届くよう、アムルは高らかに宣言する。

 思いがけず一瞬で決着が付き、呆気に取られていた兵達に動揺が広がっていく。


「だが、貴君らがどうするのかは自由だ! 捕虜となるのも、逃げ帰るのも好きにするがいい!!」


 そう言いながらも「ルールなんか知るか!」とばかりに突っ込んでくる可能性も考え、アムルは警戒は怠らなかった。

 その様子を見た部下の兵たちも、武装は解かず真っ直ぐに敵である兵たちを見据える。


 しかし、その敵兵は逃げるわけでも攻撃をするわけでもなく、ただ戸惑ったように顔を見合わせていた。


「……あー、ちょっといいか」


 その兵の中から、小さく手を挙げた一人の男が前に出て来た。


「なんだ?」

「一応、俺は……この隊の副長になるんだが」


 副長と名乗る男は、地に倒れた男と同じくらいの年頃に見えた。

 だが、背が高い男に比べ目の前の副長は小柄で、あまり兵らしい覇気がある雰囲気ではない。


「捕虜になったとして、どうなるんだ?」

「それは陛下の判断次第だが……我らが陛下は情に厚いお方だ。下手に抵抗しなければ、それなりの待遇は保証されるだろう」


 "それなりの待遇"とは具体的にどういったものなのか。アムルは明言しなかった。

 曖昧な表現に、兵達も安堵するどころかさらに不安を募らせていく。


 この大陸では、捕虜の扱いについて明示的な決まりがあるわけではない。

 あまりにも問題のある扱いをすれば批難されることもあるが、かといって拷問が禁止されているわけでもない。


 結局は、その国の采配次第だ。


「……そうだな、それなら……」


 先ほどまで戸惑っていた兵達も、急に静かになり副長の言葉を待った。

 副長は改めて真っ直ぐにアムルに向き直る。


「俺たち全員、捕虜にしてもらえないだろうか」


 副長である男はその場で頭を下げた。

 その行動に兵達も一瞬驚いたようだが、すぐに副長にならい懇願するような姿勢をしてみせる。


「んん? 全員か? それでいいのか?」


 頭を下げられたアムルの方が戸惑いの声を上げる。


 玉砕覚悟の特攻か、国まで逃げ出すか、そのどちらかだろうとアムルは予想していた。

 だが敵である兵達はそのどちらも実行はしてこない。

 むしろ、必死な表情で命乞いをしているようにさえ見える。


(……念のため、この魔法も使っておくか)


 倒れた男に対しても使った、相手の感情や嘘かどうかの判断をするための魔法を起動する。


 目の前で頭を下げる兵達は隙だらけだ。

 この魔法自体は害があるものではないが、攻撃魔法すらも使おうと思えば簡単に使えるだろう。


(嘘、でもないか……)


 油断させるための演技ですらないようだ。

 アムルは内心、拍子抜けしながらまた口を開いた。


「どうせだし、理由も聞いておこうか」

「それは……ひとつめは、俺達との実力差がわかったからだ。抵抗なんてバカなことはしない」

「ふむ」

「それともうひとつは……あくまで噂程度ではあるが、貴君らの王が決して非情な人間ではないと聞いたことがあるからだ」


 副長の言葉に同意するように、頭を下げたまま数人の兵が頷く。


(これも嘘じゃない、が)


 しかし、他にもまだ理由がありそうだということは、魔法を使わずとも明らかだった。


「あとは? 他にも何かあるんじゃないか?」

「それは……」


 副長は言葉を濁した。

 もしも顔を上げたままなら、目を泳がせている様が見れただろうと容易に想像がつく。


(さて、どうするか)


 とりあえず連れて帰って、あとの判断は誰かに押し付けてしまう手もある。

 だが、何を企んでいるのかわからない以上、そのまま連れていくのは危険だ。


 かといってここで喋るとも限らない。

 それならば、連れて帰ってから、じっくり時間をかけあらゆる手段を使った方が確実に聞き出せるのではないか。


 そんなことを考えていると、下から唸り声のようなものが聞こえた。


「ぐ……ぅ」

「隊長!!」


 唸り声を上げたのは、先ほどアムルに背中を叩き斬られた背の高い男だった。

 縛り上げてあるためいまだに身動きは取れないが、目は既に薄く開いている。


「お。もう目が覚めたのか」


 関心したように、アムルは小さく声を上げた。

 長時間眠らせるような強力なものではなかったとはいえ、この短時間で目が覚めたのは十分早い方だろう。


 地面に横たわった男は、何かを考えるように薄く開いた目を瞬かせる。

 アムルも副長も周囲の兵も、次の言葉をじっと待った。


 しばらくして、自身の置かれた状況を理解したのか、男は「はあ」と重いため息をついてから言った。


「そうか。俺は負けたか」

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