3話 スミア村奪還作戦開始しました(アムルが) (1)
いま、この人柱部屋に映し出されている映像はふたつだ。
うちひとつは、魔法で作った鷹の足に括り付けられている魔石からの映像だ。相変わらずややこしいな。
具体的には、これからアムル達が向かう予定のスミア村を上から見下ろしている光景が映し出されている。
魔法の鷹による偵察はひとまず終えて、あとはスミア村を占拠している隣国の兵士に見つからないよう潜んでいる。
見た目は鷹だからな。潜むって言っても村の近くにある高い木に止まっているだけだ。
そして、もうひとつは相変わらずのアムルが見ているものを映し出しているやつだ。
目の前には、兵士が並んでいる。
だが、その兵士たちは……正確には、この映像の主はそこでただ立っているわけじゃなく、右に左に移動している。あ、今くるっと回った。
ようするに、アムルは兵士たちの前で舞っていた。
コイツが剣舞で魔法を使うってことは知っている。
だから、村へ突入前に身体強化の魔法を掛けるため踊る……っていう状況自体は理解できなくもない。
でもやっぱり、ツッコミをいれたい。
差し出された剣先が、陽を反射してきらりと光るのなんかは、普通にキレイだ。
もしかしたら、兵士達から見ればカッコいい舞を披露しているのかもしれない。
でも、本人視点からだと実際どんな風に見えてるのかわからないし、そもそもこれから占拠された村を取り戻そうとしているマジメな状況なのに踊っている……なんて考えるとちょっとシュールだ。
兵士たちも真顔で見てるから、よけいにいたたまれない。
とはいえ、こうしてカッコいい舞をみんなで見ることは、士気の向上につながるかもしれないしな。
これがきっかけで一丸となり戦えるならこの踊り自体も重要……やっぱりシュールだ。
そんな風に、勇気づけられるのか、むしろ脱力すればいいのかわからないことが道中あったが、ようやくアムル達はスミアの村へとたどり着いた。
なんだかここまで長い道のりだった気がする。
しかし、冷静に考えれば、よくここまで向こうの兵士にバレずに来れたな。
元々この村に住んでた一般人のじいさんだってこの部隊にすぐ気が付いてたし、そこまで極端に人数が多くないとはいえ、軍人が固まって動いてたらすぐに見つかっても不思議じゃないだろうに。
バレなかった理由のひとつは"村が木々に囲まれていて見晴らしがよくないから"ではあると思う。
でも、この山にはこの村くらいしかないんだから、山の下に見張りでも置いときゃすぐに見つけられただろうに。
普通に道を通って来たんだし。
向こうもこういう戦闘とか慣れてないってことなのか、あえての罠なのか。
どちらにしても、警戒は怠らない方がいいだろう。
シロートの俺が見てもちょっとした違和感なんかには気づかないかもしれないが、村を見張る方の映像も注意深く観察する。
ちなみに、スミア村へは西側から回り込んでいる。
南側は町へ繋がる道があって、いわゆる村の正面だった。
さすがに向こうの見張りの兵士も多いし、正面突破は避けた形だ。
小さな村の正面部ですらない出入り口だから、正直大きくはない。
見張りも一人だけだった。
これが「見張り少なくて助かるー」なのか「それほど人数が多くないとはいえ、部隊が一つ通り抜けるにはキツイ。集中攻撃されるかも」なのかは俺には判断がつかない。
あくまで俺は上から見張るだけで、実際に行動を起こすのはアムル達だ。
(がんばれよ、アムル。あとアリアさんの旦那さんとか他の兵士の人も)
向こうからこっちに通信がきてる訳じゃないし、こっちからも通信するわけじゃなく、ただ心の中で呟いてみた。
俺の言葉なんて聞こえてるわけないけど、アムルと数人の兵士は緊張した面持ちで飛び出した。
すぐに入り口の前にいる敵兵へと一直線に向かう。
そいつは見張りのはずだが、こんなところに誰かが来ると思っていなかったのか、すぐには反応しなかった。
いや、反応出来なかった。
「あっ」とでも声を上げたのかどうかはわからないが、口を小さく開け驚きの表情を見せた。
そして、その表情のまま、首は肩から下へと落ちていく。
「…………」
前に見た時と同じように、アムルが兵士の首を一撃で斬り落とした。
兵士の体から血が溢れ出しつつ、そのまま倒れる。
地面に落ちた音はしなかった。
(……うん、この程度でビビってるわけにはいかない)
本心を言うなら、やっぱり知り合いが人を殺す瞬間なんて見たくない。
辺りが血塗れになる光景だって不快だ。
でも、少し前の俺とは違うことがある。
こんなことが起こるだろうことは最初からわかっていて、それを覚悟した上で人柱になったってことだ。
全く怯んでいない……なんて言ったらウソになるが、ぐっとこらえるくらいは出来る。
(ひとまず、最初の関門はクリアしたな)
一度大きく深呼吸してから、心の中でだけアムルに呼び掛けた。
今のところ、兵士が集まってくる様子はない。
突入した途端に敵兵に集中攻撃される、って事態は避けられたみたいだ。
「あのう……マモルさま、大丈夫ですか?」
控え目な感じで斜め後ろからアリアさんの声が聞こえた。
正直、映像に集中しすぎてて、アリアさんのことちょっと忘れてた。
「ええと、何がですか?」
「その、顔色がすぐれないようですが」
……やっぱりビビりまくってること自体はバレバレか。
「はい。問題ありません。それより、向こうの動きとかここからしっかり観察しないとですね」
「え、ええ……。大丈夫なら、よろしいですが」
ただの虚勢なのもバレバレな気がするが、俺が無理矢理そう言って笑顔のようなものを作れば、アリアさんは引き下がってくれた。
「ほら、ここからが本番ですよ」
そうだ、アムルはまだ入り口の障害を取り除いただけに過ぎない。
このスミア村奪還作戦は始まったばかりだ。
俺は、また気を引き締めた。




