2話 スミア村奪還に向かいました(アムルが) (4)
「……さすがに、ひどいですね」
「そうですね……」
俺が言うと、静かな声でアリアさんが応えた。
いま俺達が見ているのは、スミア村を空から映したものだ。
村には兵士っぽい奴がうろうろしているが、村人っぽい人は全くいない。
その兵士も鷹を通していまも見られているとは気が付いていないみたいだ。
もし見つかったらどうしよう、とか思っていたが、そうはならなかったようだ。助かった。
実のところ、このスミア村を俺が見るのは初めてではない。
今回みたいな空から見下ろした映像じゃなくて、アムルが見ているものとしてだけど。
村人を襲っていた兵士をアムルが殺して、それにビビった俺が映像を消してしまった、あの時の村だ。
あの時、アムルは「村が襲撃されるかもしれない」という情報を受けて、警告するつもりで村に向かったらしい。
でも実際に村へ行ってみたら、予想外に早かった敵兵が既に到着していて、急遽村人を避難させる方向に目的を変えたってところみたいだ。
あれから20日以上経っているし、アムルが殺した奴の死体は見当たらない。
それでも、壁の一部などが赤黒く汚れている。
きっとあの辺で戦闘があったんだろうなあ、と容易に想像がつく。
他にも、建物が倒壊していたり、何かが燃えた跡などは残っている。
屋根が落ちて部屋の中のベッドまで見えている家まである。
小さな集落だから建物の数自体は多くないが、汚れてもいない完全に無傷の建物はないと言ってもいいだろう。
(これが、戦争なんだよな……)
分かってはいたが、こんな荒れた光景など見たくはない。
快か不快か聞かれたら、超不快だ。
だけど、俺よりもっと不快なのは、この村の人たちだろう。
あのクワのおじいさんとか、村人たちを元の生活に戻れるようにするためにも、俺はきちんと仕事をしなくちゃならない。
「……ん? あれ?」
村の全体を見渡してみたが、何か違和感があるような。
「どうかなさいましたか」
「いや、ちょっと気になったんですけど……畑、キレイすぎません?」
村の一部を指してアリアさんに言ってみた。
建物が集まっている住宅地っぽいところとは逆の方向に、畑や牧場らしい場所がある。
その畑には青々とした野菜が植えられていて、水遣りもきちんとされているのか、土の一部が湿っている。
畑だから当然……とはいえ、村人たちがここを離れてからすでに20日以上経ってる。
きちんと世話する人がいなければもう枯れててもおかしくないような……水遣りとか誰がやってるんだ。
いやそれ以前に、建物はあちこち荒れ果てているのに、何で畑は端の方が少し荒れてるだけでほぼ無事なんだ。
「確かに……誰かがきちんと世話をされているみたいですね」
「やっぱりそうですよね。むこうの兵士が野菜を育てているんですかね」
鎧を来た兵士が水遣りをしている光景を想像すると、何だか妙な感じがする。
でも、上から見てみても、やはり村人がいるようには見えない。
見張りっぽい兵士ならいる。
気になったら何でも言っていいようなことをアムルも言ってたしな。
きちんと報告しておこう。
『おーい、早速だけど気になることがあるんだが』
『お、何だ?』
通信用の石を握り、畑の現状をアムルに伝えた。
『……ってことなんだけど、まさか本当に兵士が野菜の世話もしてるのか?』
なんて和やかな兵士なんだ。俺にとっては不思議でならない。
だが、アムルにとってはそうでもないみたいだった。
『ふむ……まあ、多分そうだろうな。そこまで不思議なことじゃない』
『え』
いや、不思議だろう……と言いたいんだが、この世界の兵士は農業も普通に嗜んでいるのか……?
まさか俺がいた世界でも、実は兵士に畑の世話をする技能は求められていたんだろうか。
『兵士だって人間だ。食事は必要だろう』
『あ、ああ……それは、そうだな』
『ここは比較的隣国から近いとはいえ、向こうから見たら一応敵国だ。ここまでいちいち食材を運ぶより、現地で調達出来るならその方が簡単だろう』
はー……なるほど、そういうことか。
『村の人達が育ててた野菜を今は兵士の奴らが食べてるのか。だから、畑の野菜は枯らしたりしないで、むしろ育てていると』
『ああ。特にこの村は元々ほぼ自給自足で生活していたからな。村人と同じくらいの人数までなら、食料は十分にあるはずだ』
『なるほどなぁ……』
ちょっぴり目から鱗が落ちた。
敵兵のやつが食料を含む色んなものを略奪することがある、ってことは知っているつもりでいたが、まさか畑そのものもか。
『向こうの奴らからしてみれば、脅すなりして村人に野菜を育てさせるつもりだったが、全員避難されたから自分たちで育てざるを得なくなった、ってところだろうな』
『そういうことか』
ある意味、20日くらい前にアムルが村人を避難させることに成功したからこそ、いま兵士の奴らが畑の世話をしてるってことか。
いい仕事してるな。
『畑の件はわかった。他にも色々と見張ってみるぞ』
『了解。頼んだぞ』
アムルがそう言って通信は切れた。
しかし「頼んだぞ」か……。
言われ慣れてないし、そもそも村ひとつを命運を左右するようなことを任されることなんて当然だけど初めてだ。
なんだか落ち着かない。
「アリアさん、畑の件はそれほど問題ないみたいです」
一先ず、アムルとの通信の内容をざっりくとアリアさんに伝えた。
アムルからの通信は俺にしか聞こえてないから、少しの間アリアさんを放置してしまった。
俺の説明を頷きながら聞いていたアリアさんも、畑の謎に納得してくれたみたいだ。
「わかりました。では、引き続き村を確認いたしましょう」
「はい。ところで、ひとつ提案なんですけど……」
そんなことを言いながら、俺は暇つぶし用に貰った紙と筆記用具を持ってきた。
「簡易的にでも、地図とか作りません?」
頑張って色々観察つもりではあるが、正直どこに何があるとかとか完全に覚えられる自信がない。
「いいですね! どこが通れるかとか通れなさそうかとかもメモしておきませんか?」
「もちろんです!」
そんな話をしつつ、俺とアリアさんはアムル達の休憩が終わるまで、今のスミアの村を観察するのだった。




