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1話 今後の方針を決めました (2)

「あと少しです! 頑張ってください!!」

「ぐ、ぎぎ……」


 俺は今、腕立て伏せをしている。


 といっても、ちゃんとしたやつじゃなくて、膝は床につけたままのやつだ。

 その膝つき腕立て伏せでも、回数をやれば結構キツイ。


 周りに誰もいなくて、自分ひとりで気まぐれに運動しているだけって状況なら、もうとっくに終わりにしている。

 こんなに筋トレなんてしないで、すぐにでも寝たい。


 でも俺の目の前には、身の回りの世話をしてくれているメイドのアリアさんがいる。

 この人が、意外と熱血系だった。


 「諦めんなよ! 熱くなれよ!!」とか「気合いだ!!」とか今すぐにでも叫びそうな雰囲気だ。


 腰に剣を下げているだけあって、結構肉体派らしい。

 この人、城よりトレーニングジムとかで働いた方がいいんじゃ……なんて思わせる雰囲気だ。


 そもそも、俺が筋トレを始めたのもこの人の提案だ。


 この引きこもり生活……もとい、人柱生活をしていると、一日のほとんどを寝転がって過ごしてしまう。

 たまに食事とかに立つだけで、歩く距離も大して多いわけじゃない。


 アリアさんにきちんと運動しているか聞かれた時、俺は素直に軽いストレッチくらいしかしていないことを答えた。


 それに対する返答が、


「それじゃあ、病気になって死んじゃいますよ! 一緒に運動しましょう!!」


 だった。


 そんなこんなで、毎日少しずつ筋トレをすることになった。

 "少しずつ"っといっても、俺にとっては結構な運動量だけど。


 エコノミークラス症候群……だっけ?

 確かに身体を全く動かさないせいで死ぬのは怖い。


 それに『運動不足が原因で人柱が死に、守護神を失った国は滅びました』なんて状況になったら、目も当てられない。


 暇だってありすぎるくらいあるし、男として筋肉はないよりあった方が嬉しい。

 それに万が一、また巨大猪のイノリに乗って爆走することがあるなら、ひとりでしがみつけるくらいにはなりたい。


 そんな動機で始めたが……キツイものはキツイ。

 体力も筋力もない俺に合わせて、筋トレというには軽いメニューになっている。でもやっぱりキツイ。

 俺のことを心配してくれているのもわかるし、実際にやるって決めたのは俺だけどキツイものはキツイ。


 もう終わりにしてもいいかなあ……なんて思っているのも本音だ。


 でも一生懸命なアリアさんを見ていると、もうちょっと頑張ろうかな……とも思える。

 イノリだって、応援しているつもりなのか、近くでふごふご鼻を鳴らしている。


(せめて、腕立て伏せくらいは普通に出来るようになりたいな……)


 そんな小さな野望を胸に抱えながら、俺は筋トレを続けた。




「お疲れさまです! 今日の分はこれで終わりです!」

「つ、つかれた……」


 ふらふらしつつ、俺は休むためベッドに向かった。


 筋肉があちこち悲鳴を上げている。

 普段から運動している奴から見れば大したことない運動量かもしれないが、俺にとってはかなりキツイ。


 こんなことを毎日やらせるとか、もはやこれは鬼畜の所業である。

 当の鬼は、俺に蒸しタオルを差し出した。


「毎日本当にお疲れ様です。お茶も淹れますから、ゆっくり休んでくださいね」


 アリアさんはそう言って、にっこりと微笑む。


 ちくしょう、可愛いな。

 その微笑みだけで疲れがふっとびそうだ。


 こんな奥さんがいるとか、旦那さんが羨ましい限りだ。

 ……料理さえしなければ。


「よう、元気でやってるか?」


 アリアさんの微笑みに癒されていると、部屋の入口の方から男の声が聞こえた。


「おお、アムルか」


 相変わらず音もなく開いた戸の前には、最早見慣れた顔の長めなイケメンがいた。


 俺が人柱生活を始めてしばらく経ってからも、コイツはこの部屋に来る。


 さすがに忙しいらしく毎日は来ないが、来る時は本とか持ってくるし、なんかこの部屋の魔法陣(?)を弄って、この部屋での生活を快適にしてくれるから結構ありがたい。


 今日は今日で、厚い本と薄い本を持っている。


 ……薄い本って言っても、見られて困るような、そういう本じゃないからな。

 むしろド健全な子供向け絵本だ。


「今日も本を届けに来てくれたのか?」

「それもあるが、ちょっと報告とかもな」


 そう言いながら、アムルこの部屋の椅子に座る。


 重い身体を持ち上げ、俺もテーブルを挟んだ向かいに座った。

 さりげなく猪のイノリも近くに寄ってくる。


 その俺達の前に、すっとアリアさんがお茶を二人分置いた。


「ありがとうございます」


 軽くお礼を言ってから、お茶を手に取る。

 うん、お茶もおいしい。


 というか「つまらないから」とかいう理由で変な味付けしなければ料理自体も下手ってわけじゃないと思うんだけどな。

 "技術力がない"んじゃなくて、最初から"とんでもない味音痴"ってだけだ。


 ……あの味付けは本当にダメだ。毒入りシチューよりヤバかった。

 最初マジでまた毒を入れられたのかと思った。


「それで、報告ってなんだ?」


 料理と違っておいしいお茶を置きながら、向かい側に座るアムルに聞いた。

 アムルも、お茶を一口飲んでから答えた。


「お前に毒を盛ったアイツ……覚えてるか?」

「あ、ああ……忘れるわけないだろ」


 元々、俺の身の回りを世話をしてくれていたのはアリアさんじゃなくて兵士風の男だった。

 それなのに、今はアリアさんが世話をしてくれている理由は単純だ。


 俺の飯に毒を盛った張本人が、その兵士風の男だった。


 犯人が誰だったのかか聞いた時、俺は怒るよりも先に脱力した。

 なんかもう本末転倒だなあ、という感想しか出てこない。


 やたら愛想が悪かったのも、これから殺そうとしている相手をまともに見れないってだけの話だったみたいだ。


 何で俺を狙ったのか、って理由はまだ聞いてないな。


 ちなみに、この城に勤めてる奴は、全員一度は身辺調査されているらしい。

 どっかの国のスパイじゃないかとか。


 そいつも一度は調査されて、問題なかったからこそ城にいたらしい。


 とはいえ、調査されたのはあくまでこの城に来たその時だけで、俺の身の回りを世話すると決まった時には、特に調査しなかったからあんなことになったみたいだけど。


「そいつがどうしたんだ? 確か捕まえたんだろ」

「それがだな……」


 アムルは言い淀む。

 何か言いにくいことがあるのか苦々しげに口を歪ませる。


「おい、まさか逃がしたとかそういう……」

「いや、さすがにそれはない」


 よかった、即否定された。


「それなら、何があったんだ?」

「そもそも、どうしてアイツが毒を盛ったか、って話なんだがな」


 ああ、その話か。

 何か改まって言うようなことでもあるのか。


「どうも、妹を隣国に人質に取られているらしい」

「妹?」


 ……となると?


「え、まさか『妹を殺されたくなかったら、人柱を殺せ』って言われたってことか?」

「その通りだ」


 この国に恨みがあるとか、個人的に俺が嫌いだったから、なんて理由じゃなかったのか。


「正確には、お前がこの国に来る前からスパイみたいなことをしてたみたいだな」

「あれ、でも一度は身辺調査したって言ってなかったか?」

「調査したその時は、その妹も田舎で普通に暮らしていたらしい。だが、その後……」


 ああ、なるほど。


「お兄ちゃんが城に勤め始めてから、妹ちゃんが隣の国の人につかまっちゃったってことか」

「まあ、そういうことだな」


 ううむ……殺されかけた身としては「なら仕方ないね」なんて気軽には言えないが、単純に怒るのも違う気がする。


「そこで、だ」

「ん?」

「一先ずの処置として、あいつには『上手く逃げられた』とノイリア王国の奴には伝えさせてある。実際は、今もうちの監視下にあるけどな」

「そうすると……どうなるんだ?」


 正直、あまり話が見えてこない。

 よくわかっていない俺に、わかりやすいようにアムルはさらに話しだした。


「目的は主にふたつある。ひとつめは、このままスパイを続けているフリをして、嘘の情報を流すことだ」

「ほう」


 逆スパイ?ってことか。

 何かスゴイことになってきたな。


「もちろん、完全に嘘ばっかり流したらすぐにバレるだろうから、虚実を混ぜて報告してもらう。当然だが、知られたら困るような情報は渡さない」

「ふむふむ、そっちはわかった。んで、もうひとつは?」

「これは簡単な話だ。……作戦失敗して、スパイがこっちに捕まったとなれば、人質の意味があまりないだろう?」

「……あ、もしかして」


 俺が考えていることがわかったのか、アムルは浅く頷きまた口を開いた。


「その人質だけで国相手に交渉が出来るなら、まだ価値があると考えるだろう。でもそのつもりがあるなら、一兵卒なんか脅さないで、最初から陛下に対してなんらかの話があっていいはずだ」

「うん」

「国民をひとり捕らえたくらいじゃ、兵士一人くらいしか脅せない。そう判断してるなら、その兵士が使えなくなった時……」

「……人質は用済みってやつだな」


 そうか、下手に動くと妹ちゃんが殺されるかもしれないってことか。


「それで、その妹ちゃんはどうするつもりなんだ?」


 見捨てるのか、交渉するのか。


 俺はアムルの答えを待った。


「どうしても無理だったら、見捨てるが……基本的には救出する方向でいく」

「ふむ」


 まあ、だからこそアイツが『上手く逃げられた』ってことにしたんだろうしな。


「元々、一ヶ月に一度だけ指定された場所で、妹と面会していたらしい」

「えーと……この世界では一ヶ月って何日だっけ?」

「52日だな」


 うーん……覚えにくい。

 一ヶ月は30日くらいだろう、と言いたい。


 この世界……というよりこの大陸では、一年は七ヶ月で、一ヶ月は52日らしい。

 一年にすると364日で、だいたい一緒なんだけどなあ。


 とりあえず、それは置いといて……基本的には救出する前提で、一ヶ月に一度は会える、ということは。


「その面会の時に助けようってことか?」

「その通りだ」


 アムルは俺の顔を見てニッと笑った。


「それまでは、こちらが何を考えているか悟らせないよう、あくまでいつも通りに過ごす。……まあ、既に『上手く逃げられた』てのが嘘だとバレてる可能性はあるが」

「ううむ」

「具体的に今後やることは、占拠された村の奪還作戦とかだな」


 むらのだっかん……って結構大事な話では。

 いやむしろ、ひとりの人間を救出するより、デカい作戦なのでは。


「なんか、すごそうだな……」

「戦争中だからな。これくらい普通さ」


 そうか、普通か……。

 頭ではわかっているつもりだし覚悟はしているが……やっぱりまだ戦争ってものには慣れないな。


 占拠された所の奪還ってことは、相手側にしろこっち側にしろ、兵士とかが死ぬ可能性は高いだろうし。

 ……戦争なんて、ひとりの命は軽いもんなのかな。


 いやでも、そう考えるなら。


「妹ちゃん……国民一人を救出するために、そういう作戦とか立てるのって結構珍しい、のか?」


 いやそういうことでもないのか?

 正直、ちょっと混乱してる。


「珍しいかどうかはわからないが……うちはなかなかお人好しなんだよ。何しろ女王様があの人だからな」


 異世界から人間を拉致させる人がお人好しなのかな?


 いや、そんなツッコミはしないでおこう。


「とりあえず、俺はいつも通りこの部屋でただ待ってればいいんだよな?」


 妹ちゃんの救出も村の奪還作戦も重要な作戦だろうし、力になれるならなりたいとは思う。

 けど実際問題、俺に出来ることなんて全くないからな。



「それなんだが……もしよかったら、ちょっと協力してみないか?」

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