1話 今後の方針を決めました (1)
俺、佐藤守(26)がこの人柱部屋で生活を始めてから30日目。
「おはようございます、マモル様」
俺は、全国の男共が一度は妄想したことがあるだろう生活をしていた。
「おはようございます、アリアさん」
今、俺の目の前で微笑んでいるのはメイドさんだ。
この城に初めて来た時にすれ違ったメイドさんだ。
ちなみに、お名前はアリア・エーリメルさんだ。
今日も初めて会った時と変わらず、髪と同じ黒い色の地味めなメイド服を着ていて、腰には剣をぶらさげている。
お胸はさみしいけれど、菫色の目の愛らしい人だ。
この人に、こんな可愛らしいメイドさんに、俺は毎日世話をしてもらっている。
今朝も起こしてもらった。
朝起きた瞬間に見たのが、可愛らしいメイドさんだ。
どうだ、羨ましいだろ!!
とはいえ、朝の起きぬけに女の人と顔を合わせることに、男として全く不都合がないわけではない。
ないんだけど、俺の方がちょっと気まずくなってても、ふふっと軽く笑うだけで何も言わず見なかったことにしてくれる。
これが人妻の余裕か。
惚れてまうやろ。
「ふごっ」
「ああ、イノリもおはよう」
自分のことも忘れるなと言わんばかりにアリアさんの足元で黒い猪が鼻を鳴らした。
本来はもっとデカいこいつも、今は中型犬くらいの大きさだ。
人間に討伐されそうになっていたコイツをどうにか出来ないか、俺をこの国に拉致した張本人であるアムルに聞いたところ、答えはこれだった。
「お前が人柱としてずっとこの国にいてくれるなら、魔法で常に小さくして飼うことも出来るぞ」
お、なんだなんだ、脅しか? いや交換条件ってやつか?
とか思ったが、単純に魔法の仕組みの問題らしい。
一時的に小さくするだけなら、魔法を使ったその瞬間だけ魔力があれば十分だ。
だが、そのサイズをずっと維持しようとするなら、さらに魔力を注ぎ続けなければならない。
基本的には、放っておくと元のサイズに戻ろうと魔法に反発してしまうらしい。
そんな話をアムルがしていた。
ようするに、俺が人柱として国に魔力を供給する時に、ついでに猪にも魔力を与えて拡縮魔法を維持すれば問題ない、ってだけの話だったみたいだ。
かくして、俺が魔力を提供する代わりに、巨大猪もここで飼えるようになった、というわけだ。
コイツが殺されなくて本当によかった。
ちなみに、飼うにあたって「イノリ」っていう名前も付けた。
最初は雄かと思ってから「イノタ(猪太)」って名前をつけようかと思っていたが、実際には雌だったらしい。
なんかもうちょっと女の子っぽい名前……と考えた結果「イノリ」を思いついたわけだ。
当然「祈り」とも掛けている。
……正確には、この猪に国の平和を祈るんじゃなくて、この国の守護神となった俺が祈られる立場だけど。
まあそんな感じで、いろんな想いを重ねながらコイツの名前を付けたわけだ。
「お食事のご用意、出来ましたよ!」
俺がイノリを構っていると、アリアさんから声が掛けられた。
テーブルの上にはアリアさんが用意してくれた朝ごはんが並んでいる。
ついでに、イノリの分も床に置かれた皿に用意されていた。
正確には、用意といっても机に並べたりカップに牛乳を注いでもらったりしただけだ。
いやもちろん、それもありがたい。
でも、それ以上のこと……料理自体は、この人が作ってるわけじゃない。
むしろ、とてもじゃないがこの人には任せられない。
「今日もクララさんのお料理はおいしそうですねー」
俺が、この城で生活するようになってから、つまり最初のミルク粥責めの時からずっと俺に料理を作ってくれているのはクララさんだった。
クララなんて愛らしい名前だけど、背が低くて恰幅のよすぎる、まあ……いかにもな"おばちゃん"だな。
いわゆるお袋の味的な家庭料理から、王族に出すためのガチな料理まで作ろうと思えば作れるスゴイ人である。
ちなみに、目の前にいるアリアさんの夫の母親、ようするにお姑さんだ。
嫁姑間は決して仲が悪いわけではなく、むしろとても仲のいいお友達って雰囲気だった。
……もし嫁姑戦争が激しかったら、俺としてはどう対応していいのか困ったので、仲がよろしいことは大変助かる。
「さあ、どうぞ冷めない内に召し上がってください」
そう言って、アリアさんはにこりと微笑む。
その笑顔だけで、料理がさらに美味く感じられることは間違いない。
「では早速ですが、いただきます」
俺は椅子に座りテーブルに向かい合う。
イノリも早速、自分の食事に口をつける。
いただきます……とは言ったが、俺はこれをこのまま食べるわけにもいかない。
ポケットから、俺はひとつの石をとりだした。
名付けて「毒見石」である。
名前はアホっぽいが重要な物だ。
何しろ、俺は前にも毒を盛られているからな。
毒見は大事だ。
淡い光を放っているそれを料理に掲げることで、毒が入っていないか確認出来る。
毒が入っていると、何らかの変化がおきるらしい。
ちなみに、この場合の"毒"は人間が入れたもの以外にも、たとえば毒キノコとか腐った食べ物とか、ある程度身体に問題を起こすものにも反応するそうだ。
便利だなーと思うと同時に、そういうのはもうちょっと早く用意して欲しかったと思う。
まあ、魔石は高価だったり魔法を刻む(?)のも結構難しかったりするらしい。
用意するのにも時間がかかるみたいだから仕方ないだろう。
実際、毒見石が俺のところに届いたのは、食事に毒が盛られた事件から三日経ってからだった。
そしてその間……一時的な措置としてアリアさんが俺の目の前で毒見してくれた。
具体的には、食事を一口ずつ食べてくれたのだ。スプーンとか食器も俺が使う予定のものを使って、だ。
料理自体には毒が入ってなくても、スプーンとかに毒が塗ってあったら意味がないからな。
そしてその毒見が終わったら、アリアさんが使ったスプーンやらフォークで、俺が食事をするって寸法だ。
……この時、役得だなあ、とちょっぴり思ったのはここだけの秘密だ。
「ん、やっぱり美味いですね」
毒見石での確認が終わって、俺は食事を口へと運んだ。
この部屋と厨房が離れてるから、正直ちょっと冷めてるけど、それでもおいしい。
俺としては、朝食は食べても食べなくてもどっちでもいいか派なんだが、それがバレてからはこうして毎朝ちゃんと食事をもって来られている。
ちょっと申し訳ない。
ちなみに、暇つぶしも兼ねて夕飯だけは自分で作らせてもらえることになった。
たまにクララさんにもこの国の料理を教えてもらっている。
クララさんやっぱりすごいな。
とはいえ、料理を作るのも当然この部屋の中でだ。
この部屋をちょっと見渡せば、最初にこの部屋に入った時とは全く違う、生活感溢れる雰囲気になっていることがわかる。
石造りのこの城の間取りはそうそう変えられないから、衝立で疑似的に部屋を分けてみたりもした。
ど真ん中に設置されてたベッドも端に寄せて寝室風にしてみたり、他の位置にはバスタブまで用意してある。
そして、肝心の調理場はかなり現代っぽい。
これ、明らかに"システムキッチン"ってやつだよね?って感じである。
初めてコレを見た時は、喜びよりも困惑しか出てこなかった。
だって、こんな全力のファンタジー世界にシステムキッチンだぞ。
簡単に火がつけられるコンロもある。温度調整がお手軽なオーブンもある。簡単に手を洗えるような蛇口まである。
電子レンジはさすがにないが、冷蔵庫っぽいものなら用意してもらった。
俺は夢でも見ているのかと思った。
やっぱりこの世界はファンタジー世界じゃなくて、VRゲームか何かかとも思った。
でもそうではないらしい。
動力源も一応、魔法だった。
蛇口から水が出ると言っても、お馴染みな魔石で隣にある水瓶から水をくみ上げてるだけだし、コンロ部分も火を出す小さな魔石が円形に並べてあるだけだ。
冷蔵庫は気密性がいい箱に冷気を出す魔石が入っている。
見た目や使い勝手は限りなく現代的なものに見えるけど、中身は魔法の世界だ。
余計に意味がわからないし、混乱したっていうのが本音だ。
でも、なんでこんなものが存在するのか聞いたら、少しだけ納得した。
この現代的な製品は、元々この国のものではないらしい。
南の帝国方面で新しく開発されたもののようだ。
ここ10年程度で、帝国では今まで見たこともないようなものを次々と作っているらしい。
その内のひとつがシステムキッチンであり冷蔵庫もどきだそうだ。
そしてそれを模倣して、大陸の各地でも同じような製品が作られているらしい。
この部屋にあるシステムキッチンもそうだ。
最初に作った(開発した?)のは帝国だが、この国の人間が似せて作ったのが、今ここにあるものだ。
この国の人たちにしてみたら、帝国は新しいものを量産しているように見えるだろう。
だが実際は、俺と同じように異世界から来た人間が帝国にいるからじゃないか、っていうのがアムルの見解だ。
そもそも帝国の名前に"ノゾミ"とか入ってるもんな。
帝国に日本人がいる可能性は限りなく高いだろう。
そして、その日本人がシステムキッチンや冷蔵庫のことを誰かに伝えて、それを他の誰かが再現した、って考えると自然かもしれない。
いや"誰かに伝えて"っていうか、自分で作った可能性もあるか?
とにかく、そのおかげでこっちの生活も快適になった。
地味に困っていたトイレ問題も……まあ、大分マシになった。
見た目は元の世界の洋式トイレだ。これも帝国の発祥のものらしい。
仕組み自体はいわゆる汲み取り式だけどな。
一時的に溜め込んで、あとで片づけるやつ。
ちなみに、これは本当に申し訳ないけど、その辺を処理するのもアリアさんの仕事だ。
俺は部屋の外に出られないし、この部屋に出入りする人数を下手に多くする訳にもいかないみたいだ。
一応、排泄物を魔法で外に転移させる方法も検討されてはいるらしい。
俺のわがままでそんな高度なことをさせているのは申し訳ない気もするが「トイレが嫌すぎてこんな所にいたくない!」……なんて、またストレス溜めまくって脱走事件を起こすわけにもいかないからな。
バカっぽいけど、重要な問題だ。
俺はこの国を守るために、長い時間この部屋にいなければならない。
そのためには、この部屋を快適にして、逃げたいなんて思わないような生活をするのが一番手っ取り早いだろう。
そして、その目標はもうほぼ達成していた。
「ごちそうさまでした」
「ふごっ!」
ぐだぐだと色々考えながらも、食事は食べ終わった。
それを見て、アリアさんがテーブルを片付け始める。
「ではいつも通り、後でお掃除に参りますね」
「はい、ありがとうございます」
アリアさんはまとめた食器などを手にして出て言った。
笑顔で一礼する姿は可愛らしいし、仕草もキレイだ。
こうして見ると、優秀なメイドさんなんだけどなー……料理だけは、その、うん。
と、とりあえず食事も終わったことだし、これから何をしようか。
本は色々持ってきてもらったし、厚紙ももらったからトランプも作った。窓もどきも作ってもらったから、ただぼーっと外を眺めるのもいい。
何時間も煮込むような料理を作るのもいいだろう。自分の部屋なんだからアリアさんに任せっぱなしにせず掃除もしようか。
暇をつぶすための方法はいくらでも増やしてもらった。
この人柱生活は、概ね快適だ。
とりあえず、今日は新しく追加してもらった窓から城下町を見てみるか。
俺はベッドのあたりにあった石のひとつを手に取った。
すると、壁の一部に高い場所から町を見下ろすような情景が映しだされる。
女王様と見張り台で見た、あの時のような光景だ。
「みんな、朝から元気だなー」
まだそれなりに早い時間だと思うが、町には人が大勢いた。
これから仕事に向かう奴、学校に向かう子供、朝一の仕事を既に終わらせた奴……遠いから表情まではっきり見えるとは言い難いけど、色んな人がいっぱいいるのはわかる。
この町にはたくさんの人が住んでいて、たくさんの人が生きている。
これが、今の俺が守っているものひとつだった。




