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プロローグ ノイリア王はおこでした

 大陸の北の果てのさらに西の果てにノイリア王国はある。


 この国の王は齢は40を過ぎた男だ。

 背は高くもなく、元は茶色だった髪や髭にも白いものが混ざっている。

 だが不思議と威圧感のある雰囲気だ。


 その王――キリ・ノイリアは、居城にて苛立ちを隠しもせずに叫んだ。


「なに、失敗しただと!?」


 報告に来た若い男は跪いた姿勢は崩さず、頭をさらに垂れた。


「はっ……初撃は当たりましたが、それ以降は全て防がれています」


 叱責された男は内心では怯んでいたが、それは態度に出さかった。


 この王が気難しいことをよく知っていたからだ。

 下手に反応を示せば、さらに怒鳴り散らされることは容易に想像できる。


 王は今も身体を小刻みにゆすりながら、吐き捨てるようにまた言った。


「それで? せめてその初撃で城の一部くらいは壊せたのだろうな?」

「それが……」


 頭を垂れる男は言葉を濁し、苦々しげに口元を歪めた。


 男を見下ろす王には些細な表情の変化など見えなかったはずだが、それが良い報告などではないことは敏感に悟った。


「ええい、いったい何を……」

「まあ、落ち着きましょうか。王よ」


 さらに叫ぼうとしたノイリア王の後ろから、背の高く細い男が現れた。

 その男は黒い装束を纏いさらに暗い影の中に居たため、闇に溶け込んでいるようにも見える。


 若い男はそこに人が佇んでいたとすら気が付いていなかった。

 さらに、王の言葉を遮ったこと自体にも驚きと疑問を抱かずにはいられない。


「おお、お前か」


 闇の中から現れた男に、王は安堵のようにも見える表情を浮かべた。

 自身の言葉を遮られたことに怒っている様子ではない。


 この闇のような男がこの国の参謀役であることは若い男も知っている。

 だが他の者ならば、同じ役職に就いたとしても気難しい王にここまで意見は出来ないはずだ。


(それも、どこの国の人間かもわからぬというのに)


 この参謀がどこの誰なのか、この国の人間は誰も知らない。

 王ですら知らないのではないだろうか。


 そんな人間を王が重用している理由は単純だ。


 王が気に入ったからだ。


 先王の時代は、他国と諍いを生むような政治を避けた。

 それが、この気性の荒い現王には不服だった。


 王になってからもしばらくは先王と同じように平穏な統治を行っていたが、やはり不満は募らせていた。


 しかし、この参謀は戦うことは悪ではないと囁いた。

 戦闘を優先するような方法を選択するよう進言した。


 それは王にとって何よりも好ましいものだった。


 王が欲しい言葉を捧げ、王が欲しい作戦を選ぶ。


 それだけで、王にとっては何よりも素晴らしい参謀に見えた。

 重用するのは当然のことだった。

 どこの誰ともわからない、などということは重要ではなかった。


(それでは、すぐにでも国は潰えてしまう……)


 顔を伏せたままの男――現王の息子であり、次の王となるはずの王子は眉をひそめた。


 このままでは、自分の代がくるまでもなく国ごと瓦解してしまう。

 こんな男に参謀役を任せるなど自殺行為だ。


 だが、そのようなことを言っても王は聞く耳をもたかった。


 実子だからといって意見を取り入れるような王ではないし、強固な手段に出れば自身の立場が危うい。

 そうなってしまえば、今度こそ王を止められる者がいなくなってしまう。


(機会を待つしかない)


 この国の未来を担うはずの男は、顔を伏せたまま目線を参謀役の男へと向ける。


 やはり見下ろす形になっている男には王子の顔など見えなかったはずだが、視線を向けられた男は口元に笑みを浮かべた。




「今回の作戦が失敗したのなら仕方がありません。さあ、王よ。次の作戦を考えましょう」


 闇のような男は手を広げ、まるで何かの芝居のように言った。


「うむ、そうだ、そうだな」


 大げさな男の動きに魅せられたように、王は何度も頷く。

 男はその王の視線を受け、微笑みをさらに深めながら今度は片手を胸に当てた。


「攻撃が防がれた、ということは恐らく憎きエアツェーリングの人柱の殺害には失敗したのでしょう」

「ううむ……やはりか」


 男の言葉に王は唸った。


「ですが、殺害を命じられた本人は生きている、とも聞きましたが……?」

「どうなのだ?」


 やはり大げさな動作で男は跪く王子へと顔を向け、王がそれに続くように尋ねる。


 男に対しては思うところがないわけではないが、王子は顔を伏せたまま報告した。


「はっ……食事に毒を盛り、それを食べさせることには成功したようですが、人柱を殺すこと自体はかなわなかったようです。ただ、毒を盛った張本人は捕縛される前に城を離れた、と」

「では、今はその者はどうしているのですか?」

「どうなのだ?」

「…………今もエアツェーリングの国内にいることは間違いないようです。『これからもスパイ活動を続け情報を提供するから、もう少し猶予が欲しい』といった趣旨の報告がありました」


 王子は言いながら、王ではなく参謀の男へと報告しているような心持ちになっていた。

 何かがおかしい、と思いながらも、顔を伏せたまま次の言葉を待つ。


「ふむ……王よ、どう思われますか?」

「む? うむ……」


 参謀役であるはずの男に言われ、王は少し考える素振りを見せた。

 そして、すぐに顔を上げて言った。


「やはり、人柱が邪魔だろう。うちの人柱の方が優れているに決まっているが、向こうの人柱がいる限り、こちらの攻撃が通らないのは厄介だ」


 優れている、とはいったい何の根拠があることなのか。

 そんな考えが王子の脳裏をよぎったが、人柱をどうにかするべきだ、という意見自体には異論はなかった。


「では、人柱を殺しそこねたスパイとやらのことは?」

「仕方がない。人柱を殺すため、そやつの言う通りもう少し"仕事"をさせた方がいいだろう」


 参謀役の男は、浅く頷きながら王の言葉を聞いていた。


「では、その者には一先ず猶予を与え、人柱を殺すための情報を提供させる、ということでよろしいでしょうか」


 男はそう言うと、口を大きく歪めて笑った。


 その笑みに、王子は何か気味の悪いものを感じていた。

 楽しくて笑っているようにも愛想笑いを浮かべているようにも見えない。


 いっそ、嘲笑っているようにさえ見える。


 だが、そう思ったのは王子だけだったようだ。

 王はその笑顔に頼もしさを感じたのか、男の言葉に賛同するように大きく頷いた。



「うむ。人柱の排除、及びエアツェーリング王国の陥落……お前には、期待しておるぞ」

「おまかせください」


 男は、笑みを浮かべたまま、頭を深く下げた。



***



 そんなやりとりが隣の国で行われているとは露知らず。


 当のエアツェーリング王国の人柱である俺は、眠りこけていた。

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