3話 人柱はじめました (11)
(あった、ここか)
目の前には、解放された門がある。
この城下町と外とをつなぐやつだ。
パッと見た限り門番とかいなさそうだし、誰でも簡単に出入り出来そうだ。
(いや、なんか結界がどうのとか言ってたし、少なくともモンスターとかは入れないのかも)
変に怪しまれたらどうしようかと思っていたが、その心配はとりあえずなさそうだ。
外に出るつもりは最初からないし。
(アイツ、いるかな……)
そろそろと門の外を覗いて見る。
あたりまえだけど、その先には目当ての猪はいなかった。
見通し自体は悪くない。
鋪装されていない道が真っ直ぐ伸びていて、ある程度視界はひらけている。
とはいえ、木々も生えているから、端から端まで全てを見れるわけでもない。
「おーい……」
小声で呼び掛けてみた。
はたから見たら怪しいだろうなあ、とわかってるから、大声を出すのは気が引ける。
(……やっぱり、特に反応はないか)
そりゃそうだよな。
そもそも、この近くにアイツが居るとは限らないし、もし居たとしてもこんな小声じゃあ聞こえないだろう。
(さて、どうするかな)
もし、討伐されかけてるっぽい猪がアイツだったら可哀想だなあ、と思ってここまで来た。
けど、そうじゃないなら別に探す必要もない。
元の森に戻ったなら、それでいい。
もし本当にアイツだったとしても、当てもなく探したって見つからないだろう。
(……それに、さすがにもう戻らないとなあ)
城を飛び出した時は戻る気が全くしなかったが、少しすっきりした今は、戻らないとマズいんじゃないか、っていう気持ちの方が強い。
(アイツも、元はモンスターみたいなものらしいし)
実際、アイツは本来めちゃくちゃデカイ。
アイツ自身に悪気はなくても、放っておいたら何らかの被害は出るかもしれない。
木をなぎ倒して突き進む、とか。
……その時、人間が巻き込まれる、とか。
"仲良くなれそうだったのに可哀想だ"という気持ちは本当だ。
でも、"誰かに危害を加える(かもしれない)なら、討伐されるのも仕方ないか"という気持ちがあるのも本当だ。
誰だって、自分や自分の好きな人が傷つけられるのは嫌だろう。
俺だって嫌だ。
例えば、交通事故とかで母さんが殺されたら、俺は多分相手を許さないと思う。
そうなるくらいなら、俺は…………俺は、どうするんだろうな。
「……今度こそ、帰るか」
考えかけていたことを中断した。
門には背を向けて、城の方へと向き直る。
結局、ちょっと呼びかけただけだったな。
大声を出せば見つかるなら、今からでもそうするけど、そうとも限らないしな。
「じゃあな」
呟きながら、一度だけのつもりで振り返った。
振り返った……ら、ちょっと予想外の事態になっていた。
「え」
何か門の方に向かってきてる。
遠いから大きさは正確にはわからないけど、結構大きい気がする。
大きくて黒い何かが、突進してきてる。
「んんん?」
見間違いじゃない……よな。
ドドドドド……なんて、地響きさせながら、向かってきてるよな。
……あの、猪。
「フゴオオオオ!!」
「お、おおおお……」
何か全力で走ってる。
え、勢い良すぎてちょっと怖いんですけど。
見覚えある猪に似てる……というか本人、じゃない本猪、だよな?
だんだん近づいてきたから、大きさもわかってきた。
最後に会った時よりも大きくて、最初に会った時よりは小さい。
大きさだけなら、こんな猪見たこともないけど、色やらフォルムにはすっごい見覚えある。
「お前、生きてたんだな!」
さっき見捨てかけて、ごめーん!!
やっぱさっきの人達が言ってた猪はコイツだったのか。
森に帰ってきてなかったんだな。
「というか、そろそろストップ!!」
文字通り猪突猛進しているコイツが、そのまま突っ込んだらマズすぎる。
俺だって吹っ飛ばされるし、普通の壁だったら壊せるぞ、きっと。
「ふごっ!!」
俺の言葉を聞いて、猪は少しずつスピードを落とす。
とにかく勢いがあるからすぐには止まれてないけど、確実に速度は緩くなっていた。
「ふうぅごっ!!」
「よしよし、ちゃんと止まれたな」
かなり危なかった気がするが、猪は俺の目前で完全に停止した。
今の猪の頭は、俺の胸あたりにある。
その顔は、俺に会えたことが嬉しいと訴えるみたいだ。
涙で目も潤んでる。
「なんでまた、こんなところにいるんだ? 誰かに討伐されちゃうぞ」
コイツは、ちゃんと人間の言葉が理解出来てるみたいだからな。
軽く頭を撫でながら言ってみた。
以前も触ったけど、毛は硬い。
「ふご……」
心当たりがあるのか、猪はしょんぼりと目を伏せた。
悪いやつじゃないと思うから、俺が連れていけたらいいんだけどなあ……。
でも俺は居候させてもらってる身だし。
そもそもデカすぎるし。
「戻ったら、アムルのやつにどうにか出来ないか聞いてみるよ」
俺に出来るのはせいぜいそこまでだな。
やっぱり討伐しようって方針になるかもしれないし、絶対に大丈夫だ、なんて保障は出来ないけど。
でも出来るくらいのことはしてやりたいな。
「とりあえず、人間に近づかないようにしろよ」
「ふご……!!」
俺が言うと、また嬉しそうに目を輝かせた。
コイツ、俺が嘘を言うとか思ってないんだな。かわいいやつめ。
頭を撫でてたらちょっと手が汚れたけど、全く気にならない。
「それまで、またお別れだ」
「ふご!」
ちょっと寂しそうな顔したけど、約束を取り付けたからか素直に引き下がってくれた。
「じゃあな」
「ふごっ」
猪はまた鼻を鳴らすと、来た方へと方向転換した。
別れる寂しさよりも、次に会える嬉しさが勝っているようにも見える。
「ふごお!」
「またなー」
小さく手を振って、猪を見送った。
黒い物体が少しずつ小さくなっていく。
まあ、実際のところ。
俺が人柱を本格的に始めるなら、もう会えないかもしれないんだけどな。
本当は、こんな風にほっつき歩いていること自体マズいはずだ。
「さてさて、今度こそ戻りますかな」
俺も俺が来た方向、城の方へと向きを変える。
その先にはやっぱり色んな人がいたけど、幸い俺が猪を構っていることに何か言いたそうな人はいなかった。
壁の影になってて街からは猪が見えなかったのかもしれない。
俺は一歩、足を踏み出した。
城もデカくて目立つから、迷子になることはないだろう。
俺はまっすぐ帰るつもりだった。
でも、その途中で全くの予想外のことが起きた。
「伏せろ――!!」
突然、大きな声が響き渡った。




