3話 人柱はじめました (7)
「あ……? 俺……」
「気が付かれましたか?!」
目の前には心配そうな顔をしている男の子がいる。
確かこの子はアムルの従兄弟くんだ。
名前は……エイルくん、であってたっけ?
そのエイルくんの更に上には、見慣れた天涯付きベッドの天井が見える。
それで、俺は何をしてたんだっけ。
確か……駄目だ、頭がクラクラする。
何があったのかよく思い出せない。
いまだに、ぼうっとしている俺にその子が不安そうに声をかける。
「大丈夫ですか……? 何かまだ悪いところが……」
「あー……そもそも俺、どうしてたんだっけ」
言いながら、ぼんやりと考えてみる。
確か、アムルが部屋に来たはずだ。
それで……その後は?
「おそらく……お食事に、毒を盛られたのではないかと」
「食事に毒?」
曖昧だった記憶が、エイルくんの言葉のおかげで少しずつ鮮明になっていく。
確かに俺は何かを食べていた。最後はあれを食べて……。
「……そうだ、シチュー!!」
「わっ」
いきなり、上体を起こした俺にエイルくんが驚いていた。ちょっと申し訳ない。
それにしても、原因を思い出した瞬間、頭が一気に覚めたし背筋が冷えた。
よかった、俺生きてるみたいだな。
確かにそうだ。食べてから急に具合が悪くなって……毒が入ってたっていうなら納得だ。
でもなんで毒?
それも盛られたって……。
「……何か、間違って変な食材が間違って混ざった、とかじゃなくて……毒が、盛られた、のか?」
「ええと……ぼくの知識が間違っていなければですけど……あれは、魔法で作った毒なので、間違って混入することはないと思います」
不安そうに瞳を揺らしながらも、エイルくんは断言するように答えた。
「何で、毒なんか……。俺何かしたか?」
「それは……」
エイルくんは言葉を詰まらせた。
これは絶対何か知ってるな。
言いかけてかけて止めるのは止めていただきたい。
「心当たりがあるのか?」
「心当たり、と言いますか……」
言い淀んではいるが、エイルくんはすぐに口を開いた。
「貴方は、人柱ですから」
「人柱だと……毒を盛られるのか?」
「…………はい」
肯定されちまった。
「何で、人柱だと毒を盛られるんだよ?」
「だって、この国に人柱がいてくれたら、ぼく達は嬉しいですけど、敵国にとっては困りますから」
「……。そんなもんかね」
「そうですよ!」
それが常識であるかのように、エイルくんは熱弁しだした。
更に言葉を紡ごうとする姿は、魔法講義をする時のアムルにも似てるかもしれない。
「この国にとっては、守護神です! でも、他の国とって……」
「ああ、うん。そういう話は今はいいや」
とりあえず宥める。
本当にアムル並みに長い話が始まりそうだ。
今は止めて欲しい。本当に。
「まだ体調もよくないしさ」
「あっ……申し訳ありません気が付かずに……」
まあ、体調が良くないってのは本当だけど、話くらいは聞くだけの体力はある。と思う。
でもあんまり人と話したい気分でもない。
「ごめん、ちょっと一人にしてもらってもいいか」
「はい……わかりました」
エイルくんはしょんぼりとした雰囲気で、ぺこりと頭を下げた。
騒ぎ立てて本気で申し訳ないとでも思ってそうな雰囲気だ。
悪いことしたかな。エイルくんは悪くないんだけど。
でもやっぱり今は一人で考えたい。
「では、失礼いたします」
エイルくんは静かに部屋の外へ出て行った。
「……はあ」
ベッドにまた倒れるように沈み込み、天蓋を見上げる。
(やっぱり俺、暗殺されかかってたんだよな……)
直接その犯人と会ったわけではないが、こうして明確に悪意を向けられるとへこむ。
あのままエイルくんと話してたら、八つ当たりでもしてたかもしれない。
頭を冷やさなきゃいけない、とはわかっているが一人でいるとそれはそれでまた変な方向に思考がいってしまう。
「この国にとっては、良いことでも他の国にとっては……か」
"人柱"って存在についてを改めて考え直したい。
人柱がいると、土地が豊かになったり、戦争で有利になったりする、らしい。
土地自体が豊かになる……というのは別に問題ない。いいことだな。
最初にこの部屋に入った時、漠然とこっちの方をイメージしていた気がする。あとは災害を鎮めたりとか。
何か人も土地もハッピー、とか思っていた。
うん自分で言っててバカっぽい。
問題なのは、もう一つの方だ。
自国の兵士を強化して、他国の兵士を弱体化する。
どれくらいの影響力があるのかは知らないが、そりゃ人柱がいるかいないかは重要だってのはわかる。
自国にとっては守護神で、相手国にとっては死神か。
はた迷惑な隣国ではあるが、向こうは向こうで必死なんだろう。
俺がいなければ、戦争に勝てるかもしれないし、俺がいれば、戦争に負けるかもしれないし。
……負けたら、殺されるかもしれないし。
でもそれは、こっちの国だって同じだ。
向こうが先に仕掛けてきたんだし、負けたらかなり痛い目を見る。
だから、反撃をする。
つまり襲ってきた敵を倒す……じゃない、"殺す"のも、やむを得ないだろう。
わかってる。ちゃんとわかってるんだ。
でもやっぱり、人を殺すという行為自体は嫌だ。
しかも、それを俺は手助けしているようなものだ。
俺が、ここにいるだけで、この国の兵士は強化される。
戦争は、激化していく。
「…………っ」
毒を盛られて殺されそうになったとわかった時よりも背筋が冷たく感じる。
頭はどんどん混乱してくる。
喉もぎゅっと締め付けられたような気分になり、息が詰まる。
(俺……兵器みたいじゃないか)
それも、戦争で使われるやつ。
脳裏にアムルが敵の兵士を殺した瞬間がよみがえる。
仕方がないとわかっていても、嫌悪したやつ。
俺が、あの行為に加担している。
間接的に、俺が人を殺している。
そのせいで、命も狙われている。
「う、あ…………」
殺されることへの恐怖と同時に、嫌悪感や吐き気も沸いてきた。
実際に吐きはしなかったが、モヤモヤとしたものが胸や胃に残っている。
人を殺すのは嫌だ。
自分が殺されるのも嫌だ。
でもこの部屋にいる限り、人を殺す手伝いをしているようなものだし、他の国から命も狙われる。
「…………嫌だ」
俺は、無意識のうちにベッドから足をおろしていた。
そして、足に靴をひっかけたまま、ふらりと立ち上がる。
(まあ……どうせ、出られないだろうし……)
そんなことを頭のどこかで思いながら、壁に手を当てる。
パっと見は何もない殺風景な壁だが、ここに引き戸があることはもうよくわかっている。
(ここに、手を当てて……横に……)
試してみたら、壁の一部がスーっと横へ移動した。
目の前には、廊下が見える。
「開いた……?」
正直、外から鍵でも掛けられているかと思った。
完全には閉じ込められてなかったのか。
つまり、いつでも外に出れる。
(いやいや、それはさすがに……)
理性ではそう思うのに、足はふらふらと前に出る。
(だれも、いない……)
今の俺は冷静な判断が出来ていないことは頭のどこかではわかっている。
突発的な行動に出るよりも、後でアムルや女王様と話し合った方がいい。
でも、今はとにかくこの部屋にいたくない。
そんな感情が、俺を外へと進ませる。
理性よりも、その想いの方が強かった。




