3話 人柱はじめました (6)
(ん? 今……)
話をしていたアムルは、顔を上げた。
「どうかしましたか?」
目の前にいる従兄弟のエイルは尋ねた。この場には他に誰もない。
この16歳になったばかりのエイルは、実年齢よりも幼く見えた。
そのエイルが不思議そうに小首をかしげる姿は愛らしかったが、アムルの目には入っていない。
「ちょっと付いてきてくれ」
「え? あ、はい!」
エイルの返事も聞かず、アムルは足早に歩きだした。
"何か小さな魔力の動きがあった"としか、アムルにもわからなかった、というのが実際のところだ。
だが、その小さな魔力は地下のとある部屋から送られてきたものだとは、すぐに分かった。
その部屋にいる人物に何かあった時に特定の人物に報せを送る、という魔法は部屋の魔法陣に元から組み込まれている。
報せを受け取る人物は、現在アムルに指定されていた。
しかし、魔力による報せはアムルの予想よりもずっと小さなものだった。
魔力の扱いに長けているものでなければ、気付くこともなかっただろう。
(これは、すぐに改善しないといけないな……!!)
すぐに小走りの状態で地下へと向かう。
本当は、全力で走りたいところなのだが、目指す部屋は入り組んだ場所にあった。
何度か角を曲がらなければならず、全速力を出せるわけでもない。
「ま、待ってくださ……」
エイルの足は速くもなく、アムルを見失うほどではないが、徐々に引き離されていく。
そんなエイルは置いて一目散にその部屋へと向かった。
「マモル!! 大丈夫か!?」
着いた先で壁を押すと、部屋の扉が動いた。
その中では、銀色の髪の男が床に倒れている。
「くそ……っ!!」
アムルはすぐに駆け寄り、その男を抱え上げる。
腕の中でぐったりとしている男の顔面は蒼白で、全身には冷や汗をじっとりとかいている。
魔力も弱まり、ひとつの命が終わろうとしていた。
「死なせるか!!」
危険な状態ではあるが、まだ死んでいるわけでもない。
そのことにすぐに気が付いたアムルは腰の剣を抜いた。
この人間は、この国にとって重要な人柱だ。
それと同時に、異世界に無理矢理連れてこられた被害者でもある。
そして、アムルにとっては友人――になれるかもしれない人でもあった。
まだ知り合って間もないが、これからきっと仲良くなれるだろうと思っていた矢先だ。
そんな人間を死なせるわけにはいかない。
アムルは剣で十字を切ってから、床に突き立てる。
宗教によっては供養しているようにも見える姿だろうが、アムルにとってこれは身体に干渉するための魔法だった。
マモルの身体の上に手をかざす。
どこに原因があるか探るため、頭から足まで手を移動させた。
「毒か」
アムルの目には、良からぬものが胃を中心に全身にまわっているのが見えた。
魔法で生成した毒だ。
これならば対処方法がわかる。
胃の上の辺りで、剣の代わりに手を何度か振った。
すると、手をかざした辺りから、不定形な液体のようなものが現れた。
その禍々しい液体をひとまとめにして宙に浮かべたまま、また手を移動させる。
同じ手順を何度も繰り返し、体内の毒素をひとつひとつ取り除く。
「あ、アムルさま……」
追いついたエイルが、真剣な表情で床に膝をつくアムルに声を掛けた。
大丈夫なのか心配している顔だ。
見習いとはいえ魔法使いでもあるエイルには、この毒を取り除く魔法がどれほど大変か知っていた。
まず、体内のどこに毒素があるか確認しなければならない。
だがエイルには特に濃い部分以外には、どこにあるのかわからなかった。
それがこの国で――いや、この大陸でも上位に入る魔法の使い手である従兄弟には、はっきりと見えていたようだ。
魔力が滞った部分を的確に見つけていく。
そして、次にしなければならないのは、すでに体内の一部となってしまったものを取り除く作業だ。
細胞を傷つけず、さらに残った毒まで取り除く作業はエイルには出来ない。
エイルに限らず、出来ない魔法使いの方が圧倒的に多いだろう。
アムルにとっても、片手間で使えるような簡単な魔法はない。
ひとつも漏らさぬよう、真剣な面持ちで手を動かす。
「……これで、取り除けたか?」
アムルはしばらくそれを繰り返した後、取り残しがないかもう一度丁寧に観察する。
毒素をすべて体内から除去するのは成功したようだが、いまだマモルの魔力は弱まっていた。
一般的に、生命力が落ちると魔力も減る。
瞼も苦しそうに閉ざされたままだ。
この状況は決して安心出来ない。
毒を取り除いたとはいえ、このまま衰弱して死ぬ可能性だってある。
「大丈夫だからな」
意識のないマモルと自身を励ますようにアムルは言った。
そして手を握る。
いつもはマモルから吸いとる魔力を、今度はアムルが注いだ。
魔力が極端に減れば、それだけで死ぬ可能性がある。
逆に、魔力を増やせればある程度まで生命力を回復することもできる。
基本的に魔力とは身体の内から沸き上がってくるものだ。
それを外から刺激して、無理矢理マモルの魔力を内側から呼び起こすことが目的だった。
もともと魔力が多いマモルにとって、全体のごく一部であっても他者からみれば膨大なものだ。
僅かでも自発的に魔力が湧いてくるようになれば、生命力を維持する程度は容易に出来るだろうとアムルは予想していた。
「ん、う……?」
マモルが小さく呻き身動ぎした。
まだ目は覚まさないが、苦しそうだった表情は幾分和らいでいる。
呼吸も穏やかに繰り返していた。
普段通りまで回復しているとは言いがたいが、 最低限は魔力も戻り落ち着いている。
「……もう、大丈夫そうだな」
後はしっかり休ませれば、完全に回復するだろう。
アムルは大きく息を吐いた。
安心もしたし、気を張って高度な魔法を使ったことで疲れもした。
だが、まだやるべきことはある。
ひとまず、床に横たわっていたマモルを抱え上げベッドに寝かせる。
そして、固唾を飲んで見守っていたエイルに向かった。
「ちょっと、ここでマモルを見守っててくれないか?
もう問題はないとは思うが、何かあったらすぐに連絡して欲しいんだ」
「は、はい。わかりました」
エイルが答えると、アムルは浅く頷いた。
そして近くにあった食べかけの食事が乗ったままのトレーを手にした。
それを携えたまま、部屋の外へと向かう。
「あの、どちらへ行かれるんですか?」
不安そうにエイルは声をかけた。
「ちょっと、やることがあるからな。ああ、それと他にも頼みたいことが――」
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