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3話 人柱はじめました (5)

「さて、だいたいの状況は説明出来たと思うが、他に何か気になることとかあるか?」


 えーと、そうだっけ?

 ちょっと情報を整理しよう。


 このエアツェーリング王国は、隣国のノイリア王国に戦争を仕掛けられてる。

 この大陸では戦争は珍しくなく、特に南の帝国がやたら強く、しかも大陸侵略に力を入れている。っぽい。


 それに抵抗するため、そのノイリア王国はこの国を狙っている。

 ちなみに、俺みたいな人柱もいるらしい。


 もし隣国が勝ったら、さらに戦争を続けるつもりだと。

 そんな隣国に負けたくはないから、この国には人柱が必要だと。


 こんな感じか。

 必要最低限の情報は集まってる……のか?


 あ、一応もう一つだけ聞いておくか。


「南の帝国、って言ってたけど、国の名前自体はなんなんだ? そのまま"南の帝国"?」

「いや、正式名称は"スードノトス・ノゾミ帝国"だ。元は"スードノトス王国"って名前だったんだが、戦争を本格的に初めてから、名前を変えた」

「ノゾミ?」


 "望み"だよな。なんか日本語っぽい名前だ。


 たまたまかな。全く関係ない言語同士で似たような単語になったりすることはあるらしいし。


「ノゾミっていうのは……"希望"って意味らしいが」

「希望……間違っちゃいないか」


 やっぱり日本語じゃねーか。


 しかし、希望でノゾミって読むのは人の名前でも使うよな。

 ……俺の母さんの名前、佐藤(さとう)希望(のぞみ)、みたいな。


 その帝国なんか気になるな。

 たまたま、俺の母さんと同じ名前とか。


 まあ珍しい単語ってわけでもないし、"国の未来に希望(のぞみ)を託した"みたいなニュアンスって考えた方が妥当か。


「どこかの国の言葉だ、とは聞いたが……もしかして、お前知ってるのか」

「え? ああ、うん。俺が住んでた国の単語だと思う」

「……ということは、帝国もお前と同郷の人柱を立てているかもしれないな」


 そうなるのか……。

 いやでも。


「俺と同じ国から来た奴がいたとしても、"人柱にされてる"とは限らないんじゃないか……?」


 期待を込めて聞いたが、あっさり否定された。


「人柱がいると考えた方が、あの強さは納得がいく。もともと大きな国だったとはいえ、15年くらい前から突然さらに強くなったからな」

「そういうもんですか……」


 人柱がいるだけで、戦況やら国際情勢やらが大きく変わる世界ってことか。


 なんかすごいものに軽いノリでなってしまったかもしれない。


「それに……異世界人のお前にこういうことを言うのもアレだが……」

「ん?」

「この世界では異世界人を見つけたら、大抵魔力の素として扱われるな」


 ああ……それだけで戦争に勝てそうだもんな。

 そりゃ血眼になって人柱候補を探すか。


 あ、でも"見つけたら"ってことは。


「異世界人って、そこら辺を普通に歩いてたりするのか?」

「数はかなり少ないから"普通に"とは言えないが……誰かが召喚したわけでもなく、本当にただの偶然でこの世界に飛ばされたってケースはあるな」

「へー」

「召喚することの方が難しいから、お前みたいに連れてこられたって場合の方が珍しいと思うぞ」

「そんなものなのか」

「ああ、そもそも異世界に限らず遠方に関わる魔法を使う場合……」


 あ、まずい。

 これはまた話が長くなる流れだ。


 既に話は長いことは長いけど、魔法理論でさらに長くなるのはちょっと困る。

 魔法に興味ないって言ったら嘘になるが、そんな理論ばかり話されてもよくわからん。


「もうだいたいの話は聞けた気がするし、それ以上の説明はいいよ。正直疲れた。そして疲れた」


 疲れたのは本当だ。

 こんなに人と喋ったのも五日ぶりだし。


「ん、ああ、そうだな。じゃあ後は、この本を……」


 アムルが持ってきた本を差し出そうとした時、また入口の扉が開いた。


「ア、アムル様……いらっしゃっていたのですか。戻られるのはもう少し先だと伺っていたのですが……」

「今日もごくろうさん。やることはあらかた片付いたから、早めに帰ってきたんだ」


 世話係の人が食事を持って現れた。


 こんな感じのタイミングで入ってくるのはもう二度目だぞ。わざとなのか。


 でもちょっと焦ってるみたいだから、わざとではないのかもしれない。

 すごい偶然だな。


「オレは本を置いたら帰るが……その前に」

「ん?」


 アムルが改めて俺に向き直った。そして本を差し出す。


「これ、読めるか?」

「……読めないな」


 そういや俺、この国の言葉なんぞさっぱりわからなかった。

 今は翻訳石のおかげで言葉がわかるからすっかり忘れてたけど。


 浅くうなずきながら、アムルはさらに聞く。


「今も翻訳用の魔石は持ってるよな?」

「おう、あるぞ」


 ポケットから石を取り出しアムルに見せる。


 正直ここに入れてると、寝転がった時に痛い。

 でもこれがないと言葉がわからないから常に持っている。


「じゃあ、その石を文字に近づけてみてくれ」

「こうか?」


 石は常に淡い光を放っている。

 暗くないとほとんどわからないくらいだけど。


 その光が当たった部分に変化があった。


「おお! 読める。すごいな」


 光に照らされた部分は、見慣れた日本語に変化した。


 ずっと手に持ちながら本を読むのは少し面倒だが、読めないわけでもない。


「そうなるように、魔法を組んだからな」


 ん? これ作ったの、お前なのか?

 すごいな。素直に褒め称えよう。心の中で。


「これで多少は、暇つぶしになるだろう。"こういう本が欲しい"とかあったら、また言ってくれ」

「おう、ありがとう。助かる」


 アムルが持ってきた本は3冊だった。

 多くはないが、また追加してくれるならありがたい。


「じゃあ、また今度な。遠慮せず、ゆっくり食事を楽しんでくれ」

「ああ、またな」


 ほぼ常にひとりぼっちな人柱生活だけど、こうしてまた来る約束をしてくれる奴もいる。


 今日もアムルと話せて大分気分転換になったかもしれない。


 ここ五日くらいは、ぐるぐると人殺し行為について考えてたからな。


「で、では私もこれで……」

「はいはい」


 世話係の男は、そそくさと食事を置いて帰る。

 何かいつも以上にそっけない。


 コイツとは話さないから、気分転換にならないな。

 色々としてもらってるから文句を言うのもアレだけど。


 一先ず俺は、食事に向かい合った。


 今回は野菜たっぷりのシチューと目玉焼きにクロワッサン、あと煮た魚だ。

 "煮た"と表現したが、和風な煮魚よりもアクアパッツァとかに近そうだ。


 ちなみに、最近気が付いたが、ここの食事にはいつも卵料理が入っている。

 何だか面白い。


「いただきまーす」


 俺は料理を目で楽しんだ後、フォークを手にとった。


***


「ん、んん?」


 異変が起きたのは、シチューを口に入れた時だった。


 一先ず俺は、アクアパッツァ風の煮魚とクロワッサンを食べた。


 クロワッサンはまだ残してあるから、次はシチューと一緒に食べようとした。


 だが、口に入れたシチュー何故かすこぶる不味い。


 いつも料理は美味いのに。

 何か変な味がする。苦い……?


 シチューだと思っていたが、もしかして別の何かだったんだろうか。

 それとも、この国ではシチューに特殊な具材を入れるんだろうか。


 申し訳ないが、これは残そう。


 そう思いながらも、口に残っていた分はごくりと飲み込んだ。


「あ、え?」


 その時、急に口の中が痛くなった。

 シチューが触れた部分を中心に熱くなっていく。


「ぐ、が、……」


 今度は、喉も痛くなってきた。

 口を閉じられないくらい痛い。


 だんだん胃もおかしくなってくる。

 何だコレ、何が起きたんだ?


「み、みず……」


 そういや、今回は水を汲んでくるのを忘れた。

 あの水瓶のところまで移動しなければ。


 だが、身体はさっきよりもずっと重く、動かすことすらままならなかった。

 立とうとして、その場に崩れ落ちる。


 胃や口を通して、身体全体に痛みが広がっていく。

 急激に自分の身体がおかしくなっていくのを感じる。

 苦しくて涙が出るが、それですら何故か痛い。


 何だコレ。

 何だコレ何だコレ何だコレ!!


 これがマズすぎる状況だと、今更ながら気が付いた。


「だ、れか……」


 か細く声を上げるが、この部屋には誰もいない。

 伸ばした手も何も掴まない。


(こんな、ところで死ぬのか……?)


 それもこんな唐突に、ひとりぼっちで。


 死にたくはないが、助けを求めることすら出来そうにない。


(そうか、死ぬのか……)


 手がぱたりと落ちる。


 そして、俺は涙が滲む目を閉じた。

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