1話 異世界に拉致されました (1)
「空は青いなー」
俺は空をぼんやり見上げながら、コンビニへの道を歩いていた。
近くには他に誰もいないし、鳥すら飛んでいない。
はたから見れば一人寂しくとぼとぼと歩いているように見えるだろう。
……"見える"っていうか"一人寂しく"ってのはあながち間違ってもないけど。
友達も彼女も26歳になった今もまともにいないしな……。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
俺がぼっちとか、本当どうでもいい話だ。
今までは母さんがいたから寂しくもなかったしな。
――そう、今までは。
「……はぁ」
母さんのことを思い出せば、自然とため息も出てくる。
女手一つで俺を育ててくれた母さんも、もうこの世にはいない。
体調が悪いと言って病院に行って、そして癌だと言われ、さらに余命宣告されたのは数か月前だった。
そして……一週間前に、母さんは死んだ。
最期の表情は、穏やかだった。
それがせめてもの救いだろう。
それは頭ではわかってはいるが、やっぱり棺桶の中で穏やかな表情をされても、俺の心が晴れるわけでもなかった。
この手を握ってくれた暖かな手が、あの時ばかりは冷え切っていたのもよく覚えている。
それを思い出せば、手だけじゃなくて背中まで凍り付いたような気持ちになる。
「……これから、どうしようかね」
とりあえず、今の予定は"コンビニで昼飯を買って食べる"だ。
でもその後はどうしようか。
本音を言うなら、コンビニに行くのも飯を喰うのも面倒だ。
葬式も終わったから、そろそろバイトにも行かなかなきゃいけない。それも面倒だ。
母さんが死んでから、生きる気力なんぞほとんどない。
"死にたい"とまでは思わないが"生きたい"とも思わない。
食事だって、今までなら材料を買ってきて自分で作っていた。
料理とか掃除とか、多少は家事もやった。
短時間とはいえ、バイトにも行った。
それも全部母さんのためだ。
でも、その母さんも今はいない。
そもそも、俺は本当は部屋から一歩も出たくないタイプの人間だ。
母さんの負担を減らすためって名目がなければ、何もせず一日中ごろごろしていたい。
それでも、母さんのためならって頑張って…………。
……自分で言ってて「あれ、俺ってもしかしてマザコン……?」って気がしてきたぞ。
引きこもり志望のぼっちな怠け者でライトなヲタクの自覚はあったが、マザコンでは、ない、はずだ。
親父が突然いなくなって、一人で俺をここまで育ててくれた母さんを尊敬するのは当然のことだしな。
ちなみに、父親が家を出てった理由はよくわからない。
何も言わず突然消えて、それなのに母さんは捜索願も出さなかった。と思う。
どうせ女を作って出て行った、とかそんなところだろう。
そんなクソったれな親父のことは一切文句も言わず、苦労しながらも俺を育ててくれた母さんは本当に大変だったと思う。
だから、そんな母さんを大切にしようとするのは当然だろう。
マザコンじゃなくても。
母さんがどれほど素晴らしい人物だったかここで語り尽くしたいくらいだが、ふとやっぱり思い出してしまう。
母さんが、もうこの世にはいないことを。
「はあ~」
やたら重い溜息を吐き、重い足を動かす。
今は食事をしようって気にもならない。
とはいえ、腹が減ったのも事実だった。
飯を食べたいのか食べたくないのか自分でもはっきりとしない。
それでも、金が尽きるまではちゃんと飯は喰うって方針でいくつもりだ。
もし、天国ってやつがあって、そこで母さんが見守ってくれているとしたら、心配させたくはないからな。
これからは、元気で過ごすこと自体が、母さんに対して出来る唯一の親孝行だろう。
だが、それでも。
「生きる気力ってやつはないよな~」
ぼやきながら前方に視線を戻し、コンビニへと足を向けた。
あの角を曲がって少し進んだ後もう一度角を曲がれば、コンビニは見えてくるはずだ。
そんなことを考えながら、ひとつめの角を曲がる。
――その先で、穴から顔を出す男と目が合った。
色々と拙いと思いますが、よろしくお願いします。