3話 人柱はじめました (2)
「おお、映った」
「これなら、暇をつぶせそうだろ?」
目の前には、まるでテレビやPCのモニターのように四角く映像が映し出されている。
ただし、宙に浮いている。
ついでに、紙一枚くらいの厚さだ。
パっと見は近未来感がすごい。
「これも、魔法なんだよな」
「そうだぞ。魔法以外じゃこんなこと出来ないな」
そりゃそうか。
このいかにもな昔のヨーロッパ風ファンタジー世界では、テレビなんて概念すらないだろうな。
代わりに魔法なら出来ると。
すごいな魔法。ご都合だな魔法。
「ちなみに、これはオレが見ているものが映っている。普段、オレが見るものなんか面白くもないだろうが……」
アムルがそう言って俺の方を見れば、アムルが見ているもの――つまり、俺の顔がその薄型動画に映し出される。
俺の顔がつまらないってことかちくしょう。
俺だって、自分の顔なんかどアップで見たくないのでやめろください。
「他のものは映せないのか?」
「やろうと思えば、魔石を使って他の場所も映せるが……それは時間かかるから、ちょっと待ってくれ。どんな景色が見たいとか希望があれば聞くぞ」
希望ねえ……。
この世界のことはよく知らないから、どれがいいかとかもわからないが……とりあえず。
「そこの壁に窓っぽく映せないか?出来ればカーテンも追加で」
地下だから仕方ないんだろうが、この部屋には窓がない。
天窓みたいな明り取りすらない。
だから、昼夜も天気もわからないってのが実際のところだ。
食事を決まった時間に持ってきてくれなかったら、何日経ったか、とかすらわからないと思う。
というか、今の自分の日付感覚が正しいかちょっと不安になってきた。
普通の引きこもり生活だったら"何日経ったか"とか"今は昼か夜か"なんて気にしないんだが、この何もない暇すぎる生活ならちょっとでも変化でも欲しい。
「わかった。出来るだけ早めに――」
アムルが話している途中で、扉が開いた。
扉といっても引き戸だけど。
「いらしていたんですか。アムル様」
入ってきた男は、アムルを見て驚いた様子でそう言ったが……アムル"様"!?
「お、いつもご苦労さん」
アムルはそう言って、兵士風の男を労う。
この兵士っぽい人は、いつも俺の身の回りの世話をしてくれている人だ。
手にはいつも通り、ミルク粥とおかず――今回は、オムレツと温野菜のサラダ――を載せたトレーを持っている。
昼飯か。
というか、"様"……。
「もったいないお言葉です」
いやお前……俺が相手の時は喋らないくせに、アムルには腰が低いんだな……。
もしかしなくても、俺なめられてる……?
「食事についても、何かあったら言ってくれていいぞ」
「言ったんですけど……」
アムルが俺に言ったが、もう脱力するしかない。
今回もまたミルク粥だし。
「そうなのか?」
「いえ、私は聞いた覚えがありませんが……」
うをぉーい!! 言ったって!!
忘れたのか、聞いてなかったのか、聞かなかったフリなのか……。
とりあえず、小さな声で、だがはっきりと主張させて欲しい。
「ミルク粥はやめて欲しいんですが……」
「ん?パンじゃなくて米がいいって聞いたんだが……。わかった調理担当に伝えておこう」
アムルは悪気なんて全くなさそうだ。
やっぱり、米といえばミルク粥、って発想なんだな……。
「毎回ミルク粥」より「毎回パン」の方が俺としてはずっとマシだから、パンをお願いしたい。
「他にも何かあるか?」
「ミルク粥責めをやめてくれるなら、とりあえずいいです」
これが今の俺にとっての最重要課題だ。次点が暇つぶし。
他はまた思いついたら言おう。
「では、私はこれで」
食事を置いていった兵士は下がっていった。
また後で食器やらトレーを回収にくるだろう。
「さて、オレもそろそろ戻るが……まずはコレだな」
そう言ってアムルは石を差し出した。
見た目は部屋の明るさ調整石とか翻訳石に似ているが、色は違う。
もしかして、これが魔石ってやつか。
「その映像を出したり消したりする魔石だ。明るさを変えるやつと使い方は一緒だぞ」
「ほーい」
魔石であってた。
「次に来る時は、暇つぶし用に本でも持ってくる。それとも本以外がいいか?」
「いや、本でいい」
むしろ本は大好物だ。
マンガやラノベだと更に嬉しいが、まあそれ以外でもいいや。
「わかった。色々持ってくるとしよう。また何かあったら言ってくれていいからな」
「へーい」
扉に向かったアムルに、俺は適当に手を振った。
「じゃあ、またな」
アムルはそう言葉を残し、部屋の外へ消えていった。
***
翌日、つまり人柱生活六日目。
ようやくミルク粥以外の食事が出てきた。ありがたい。
今朝はベーコンと一緒にパンを食べた。おいしかった。本当においしかった。
世話係の人は相変わらず無愛想だったけど、ごはんがおいしかったから許そう。
「よし、ちゃんと映ってるな」
そして、今は外の映像(アムル視点)ひとりで見ていた。
その中では、青空が広がっている。
久しぶりに見た明るい空は、さわやかな雰囲気だ。
「……音は、ないんだよな」
あくまで、アムルが見た情景だけで、音声はない。
ちょっと寂しい気もするが、まあ仕方ない。
ないよりマシだろう。
ちなみに、今のアムルは馬に乗って移動しているみたいだった。
この馬に乗った時の視点っていうのが、なんとなく新鮮だ。
結構高いな。
俺がこんな風に生き物に乗ったことあるのは猪だけだ。
それも早すぎて景色なんか見ようって気にすらならなかったし。
アムルの方は馬に乗り慣れているみたいだ。
特に戸惑っている様子もない。
そんなアムルの視点で見ていると、自分もちゃんと馬に乗れているような気がちょっとする。
結構、楽しいな。
……と思ったのは、最初の10分くらいだけだった。
今は街の外を移動中らしく、自然豊かな道を進んでいる。
「自然豊かな」とか言って誤魔化したが、ようするに特にこれといったものはない。
遠くに木や村らしきものが見えるが、基本的には草原の中に伸びる道を進むだけだ。
よく見ると、植物に見はたことがないような種類もある気がする。
それが異世界だからなのか、単に俺が植物に興味がないから知らないだけなのかも分からない。
つまり、ずっと見ていたからといって、新しい発見があるわけでもない。
こののどかな雰囲気自体は好きだが、かといっていくら見てても飽きない、ってわけでもない。
似たような景色をもう10分は見ている。
「……寝るか」
アムルがどこかに移動してからまた見ればいい。
とりあえずアイツが移動している間は、俺は寝ていればいいだろう。
道中で面白いことが起きるかもしれないが……それが何時かわからない以上、ずっと見ているだけなのも飽きる。
「おやすみなさーい」
ここには俺以外誰もいないが、何なく口にしてみた。
そのままベッドに転がる。
こんなことしても誰も見てないのは、引きこもりの利点だな。
(……映像は消さなくていいか)
そんなことを考えながら、目を閉じた。
ここ数日たっぷり寝ているから大して眠くもないが、寝れないというほどでもない。
すぐに、とは言えないが、しばらく目を閉じていれば、眠りにつくことが出来る。
そして、寝ている間に、映像には大きな変化があった。




