2話 城に行きました (8)
案内された部屋は真っ暗だった。
地下だから、当然か。
ティナ王さんの護衛らしき人が持っているランプのお陰で、入り口付近くらいは見える。
でも奥の方は全く見えない。結構広そうだ。
そして、灯りで見える範囲には何もない。
「中へどうぞ」
女王様はそう言って俺を促し、アムルに目配せした。
なんだ、問答無用で埋める気か。人柱だもんな、埋めるのか。
壁か床どっちだ。地下だからな。床か。そうなのか。
埋めるのか。
ビビりながらアムルを見れば、浅くうなずいて微笑んだ。
その顔はどっちなんだ。
「心配するな」とも「短い付き合いだったな」とも見える。
ここにいる人間たちの中で一番長い付き合いなのはコイツだけど、それでもまだ出会ってから半日も経ってない。
目線だけで意思疎通できるわけがないに決まってるだろう。
何がいいたいのか全く伝わっていないことに気が付いているのかいないのか、部屋へ数歩進みながらアムルは腰から剣を抜いた。
やっぱり斬り捨てられるのかと一瞬思ったが、よく考えたらあの剣は飾りだと思い出した。
武器なのは変わりない気もするけど。
抜かれたその剣は相変わらずゴテゴテと装飾があり、見た目には綺麗だ。
宝石はランプの明かりを反射してきらめいている。
こんな状況じゃなきゃ素直に関心するんだけどな。
アムルは口に笑みを浮かべたまま、剣を振るう。
俺を含め、その剣は誰にも当たらなかった。
しかし、アムルはさらに剣を振りながら足をスッと動かし誰もいない方向へ移動する。
魔法か。
前にもコイツが剣を振って魔法を使ったのを見たことがある。
その時とは動き自体は違う。
でも剣舞で魔法を使うとコイツ自身が言っていた。
詠唱とかの代わりなんだろう。
突然目の前で踊り出したコイツを前に、俺は動けなかった。
ティナ王様や、その護衛っぽい人達も黙って見ている。
突然、何やってんだコイツ。
という感想を持った俺の方がおかしいみたいだ。
アムルが舞っている時間は短かった。
だんだん動きが緩慢になり、そして何故か剣先をこっちに向けられた。
他の誰でもない、俺に突きつけられている。
なんだ、やっぱり殺すのか?
そのための魔法だったのか?
ほんの少しくらいは仲良くなったつもりだったけど、コイツはそうは思ってなかったのか。
死ぬのは怖い。
それと一緒に、空しさみたいなのが湧き上がってくる。
だが、思っていたのとは、違う反応が起きた。
「お、おお……?」
俺を中心にして、床に光の線が伸びていった。
その光は真っ直ぐに進むわけではなく、折れ曲がったり曲線を描いていく。
床を這い、壁を伝って、天井にまで一気に広がった。
(魔法陣みたい、だな……)
光は無意味に進んでいるわけではなく、部屋全体を使って何かを描写していた。
それは、俺の目には魔法陣とか、魔法っぽい何かに見える。
(キレイだな……)
暫くすると、描写が終わったのか光は動きを止めた。
そして次の瞬間、フッと消える。
いやもしかしたら、消えたと思ったのは錯覚だったのかもしれない。
部屋全体は、まるで蛍光灯でも付けたかのように、もしくは窓から太陽光を取り入れたかのように、明るくなっていた。
念のため確認しておくが、ここは地下であって窓もないし、この国は昔のヨーロッパみたいな、よくあるファンタジーな世界だ。
実際、入口ではいまだにランプを持っているやつもいる。
部屋を見渡しても、蛍光灯はないし、太陽光が差し込むところもない。
だが、暗くもない。
中はよく見通せる。
「えと……。あのベッドは?」
俺が指さした先には立派なベッドがある。
いわゆる天蓋付きの、女の子が好きそうなやつ。
それが、どどーんと、部屋の中央に置かれている。
「特に深い意味は……ないと言えばないですし、あると言えばあります」
どっちだ。
女王様が答えてくれたけど、さらに意味がわからないぞ。
「人柱になっていただいた場合、この部屋で生活していただくことになります」
「え、この部屋で?」
「はい、この部屋で」
あー……それで、ベッドとかあるのか。
でもなんでど真ん中。
「この部屋にいていただければ、先ほどの魔法陣が貴殿の魔力を吸い取り、国へと供給いたしますので」
へーそう。
魔力を。
ふーん……。
――ダメだ、どこから突っ込めばいい……。
「……魔力って?」
俺はティナ王様の顔を見たけど、そのご尊顔はいたって真面目だ。
丁寧に、俺の質問に答えてくれる。
「魔力というのは生きとし生けるもの全てが宿しているものです」
「はあ」
それはもうアムルに聞いた気がするな。
「そして、その魔力を提供し、国や他者に供給する人間のことを『人柱』とこの大陸では言っています」
これは聞いてないな。
つまり"建物を支えるために犠牲になる"じゃなくて"国を支えるために犠牲になる"て感じか。
……やっぱり生贄じゃねーか。
「それって、死んだりしませんかね……」
小さく手を上げ、おそるおそる聞いてみた。
「ふむ……あまり脅すようなことは言いたくありませんが……魔力を完全に吸いとってしまえば、死にます」
「死にますか……」
「死にます」
しれっと怖いこと言うな。
そう言われて、「うん、やるー♡」とか答えるやついるのか。
「ですが、それはあくまで魔力が少ない人間の場合です」
「うん?」
マヌケな声を出してしまった。
今更だけど、こんな対応で王様に対して失礼じゃなかろうか。
まあ今のところ怒られてないから大丈夫だろう。多分……。
「例えば、魔法陣が吸い取る魔力を100とします」
「はい」
「これが元々10しか魔力を宿していない場合は、魔力を完全に失い死ぬことになります」
恐いな、それ……。
干からびて死ぬ感じ?
「そして、魔力を110宿している人間も、大部分の魔力を吸い取られることになり、身体に支障をきたすでしょう。生きてはいても、ベッドから起き上がれなくなる場合もあります」
「おおう……」
それも恐いな……。
人柱やってる限り、寝たきりになるってことか。
「俺がやっても、そうなるんじゃないですかね……?」
おそるおそる聞いてみる。
すると女王様は嬉しそうな顔になった。
ついでに後ろのアムルも表情を動かした。
「では、今現在マモル殿は体調に変化はあるでしょうか?」
え、今?
今はとくに……。
「何も問題はないですけど」
俺が答えると、二人はさらに嬉しそうな顔をする。
「既にこの魔法陣は作動しています。そうだな」
「ええ、もちろんでございます」
女王様が確認して、アムルが答える。
……そうなの?
俺もう魔力吸い取られてるの?
「いや、でも……ここには他の人もいるし……皆から満遍なく吸い取られているんじゃ……」
「この魔陣は特定の個人を指定することが可能です。いまは貴殿からしか魔力を吸っていないはず」
女王様の言葉に、アムルが同意するようにうなずく。
そうかー俺、魔力吸い取られてるのかー……。
……この部屋に来る前に、「試す」とは確かに言ってた気がするけど、せめてもう一言あってもよかったのでは……。
「おそらくですが、彼は人柱として必要な魔力を大きく上回っていると思われます。先ほどの数字に例えるなら1000以上でしょうか」
アムルが女王様の言葉を裏付けるように言ったが……いや、口だけでそんなこと言われても信じられんよ。
ただ担いでるだけなんじゃないか。
そもそも、魔法なんぞさっぱり使えない俺がそんなに魔力があるなら、100くらいは越えてる人間だって他にもごろごろいるだろう。
「俺以外じゃ、駄目なんですかね……」
「もちろん、この国の人間で十分な魔力を供給できるなら、いますぐにでも致しましょう。異世界から人間を無理に連れてこさせなどしません」
そりゃそうだよな。
というか、この人が指示したのか?
俺を拉致ったの。
「ですが、異世界の人間……貴殿の故郷の人々は、この世界の人間よりも圧倒的に魔力が多いのです」




