騎士リィンハルト・ディーライオン
リィンハルト・ディーライオンは、王城の中庭を横切り、騎士団の詰め所へ向かっていた。
金髪碧眼。
整った容姿。
10人が見れば10人とも、彼を美男子と認めるだろう。
リィンハルトは騎士団長室の扉をノックした。
「誰だ?」
「リィンハルトです」
「入れ」
「失礼します」
リィンハルトは入室し、胸に手を当てて礼の仕草を取った。
細やかな装飾が施されたテーブルの向こうに、騎士団長が座っている。
口ひげを蓄えた、老年に差し掛かろうかという男だ。
前線に出ることはめっきりなくなったが、その鋭い眼光は今も衰えていない。
「リィンハルト。何の用だ?」
「はっ。要望に上がりました」
「要望?」
「騎士団の出動要望です」
それで騎士団長は、リィンハルトの言いたいことを理解した。
理解したがために、ため息をつく。
「すでに城詰めの衛兵隊が動いている」
「存じております」
「王都を巡回する人員は、首狩りとやらが出現する前と比べて3倍になっている」
「セレーネ・マクガフィが殺されたという報告は?」
それを聞いて、騎士団長は苦い表情を浮かべた。
「聞いている。惜しい人材を亡くした」
「私も合同訓練で、何度か彼女と手合わせをしました」
「そうだったな。実はもう少ししたら、彼女を騎士団に引き入れようと思っていたのだ」
「そうでしたか……」
リィンハルトは、しばし目を閉じた。
彼女の剣の腕はすでに平騎士に匹敵するほどであり、将来、非常に有望だと思っていたのだ。
何より自分に厳しい努力の人であり、その在り方にも好感が持てた。
「団長。セレーネ・マクガフィで通用しなかったとなると、王城勤めの衛兵隊であっても荷が重いと思われます」
「一騎打ちならそうだろうが、相手は賊だ。そもそも衛兵隊も憲兵隊も、個々の力量ではなく数こそが最大の力なのだ」
「それに騎士団が加われば、個々の力量も補うことができ、確実に首狩りを捕らえることができましょう」
騎士団長は、リィンハルトの顔を見た。
彼が弱きを守る騎士の鑑のような青年であることを、騎士団長はよく知っている。
これ以上、町の住民が危険に晒されるのを、見過ごすわけにはいかないと考えているのだろう。
それがわかっているから、騎士団長は、リィンハルトを説得する言葉に少し迷いを見せた。
「リィンハルト。お前は上級騎士だし、若手の中では抜きん出た実力を持っている。できればお前の要望は聞いてやりたい」
「では」
「だが、騎士団は動かせん」
「団長」
「騎士団が動けば、大事になるのだ」
「30件近い連続殺人が発生しているのです。これ以上の大事があるのですか」
「そうではない」
騎士団長は、一呼吸置いて言葉を続ける。
「騎士団とは、王都から見て対外的な戦力なのだ。他国との戦争然り、内乱然り。王都の治安維持のために派手に騎士団を動かせば、国の中心が乱れていると思われ、他国に付け入る隙を与えかねん」
「実際、僅か数日で、王都の住民には不安と混乱が広がっています」
「そうだ。そして王都の治安を担うのは、憲兵隊の役割。衛兵隊が動いたことさえ例外的な措置なのだ」
「……」
「気持ちはわかる。だがリィンハルト。お前も騎士団の一員ならば、騎士団の役割を考えろ。町の治安維持のために、騎士団を動かすわけにはいかんのだ」
「……わかりました」
リィンハルトは唇を噛み締めた。
弱き者を守るために、騎士団に入団したのに、いざ町の住民が危険に晒されていても守ることができない。
かといって騎士団に所属している以上、騎士団長の命令は絶対だ。
いくら上級騎士とはいえ、騎士団を動かす権限などないのだ。
「……失礼します」
リィンハルトは頭を垂れ、騎士団長室を後にした。