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ジルド暗殺

 夕刻。


 ジルド新大臣は軍務執務室で、でっぷりと太った身体を豪華な椅子に沈めた。

 今日は、彼の人生で最も疲れた一日だった。


 午前中には新大臣の就任式があり、国王陛下から直々にお言葉を賜った。

 名誉なことではあったが、そのお言葉は、王都リンガーダブルグの治安を一刻も早く回復させてほしいというものであった。

 当然ながら新大臣にとっては頭痛の種であり、就任早々から仕事は山積みであった。


 また就任式の後には、各方面から祝いの言葉と品が届けられ、それらの贈り物が部屋の隅に積み上げられていた。

 今は大変な時期とはいえ、軍務大臣といえば軍事組織のトップである。

 顔を繋いでおこうという人間は多いのだ。


 つい先頃も、騎士団のバーレン副団長の訪問があったばかりだ。

 もっとも彼は顔繋ぎや媚売りではなく、純粋に祝いの品を持参してくれたが。


「しかし、少々疲れたな」


 ジルド大臣はため息を零す。

 体力的にもそうだが、精神的な疲労の原因は、目の前に積み上げられた書類の山だ。


 まずは王都の混乱の原因である、首狩りをどうにかせねばならない。


 そして散発的に発生している、住民たちによる暴動だ。

 王国軍を動員して逐次鎮圧してはいるが、これが余計に住民たちの反発を招き、更なる暴動を引き起こすという悪循環を招いている。


 冷静に考えれば、暴動を起こして憲兵隊の詰め所を叩いたところで、首狩りによる被害が収まるわけではない。

 しかし不平不満という感情で動いている住民に、そんな理屈は通用しないのだ。


 そして更に問題なのが、東の隣国キャルステンが大軍を動かしていることだ。

 進軍先は当然、このリンガーダだ。

 もう間もなくリンガーダの東端に達するだろう。

 そして東端に達すれば、開戦だ。


 すでにリンガーダの東には、王国軍と地方貴族軍を配備するよう、グスタフ前大臣から命令が出ている。

 しかし王都の混乱が原因で、初動が遅れていた。

 更に悪いことに、王国軍の一部はこのリンガーダブルグに呼び戻しているため、戦力も不足している。


 また王都がこのような状況では、騎士団を東に送ることもできない。

 はっきり言ってキャルステン軍の侵攻を、東部で食い止めることは難しいと言わざるを得ない。


 ことここに至っては、首狩りは隣国キャルステンの回し者であると考えるのが自然だった。

 キャルステン軍の侵攻をお膳立てするために、リンガーダブルグに送り込まれた可能性が高い。


「だが、そうは言ってもやることは変わらんな……」


 いずれにせよ王都の混乱を収めるためには、首狩りを止めねばならない。


 現実として、すでにキャルステン軍が押し寄せてきている以上、もうなりふり構ってはいられないだろう。

 全騎士団を動員して、リンガーダブルグの治安回復に当たらせるしかない。


 そこまで考えて、ジルド大臣は二度目のため息をついた。

 考えすぎて精神的な疲労が深まったのと、それから喉が渇いていた。


 ちょうどそのとき、扉がノックされた。


「誰じゃ?」

「お茶をお持ちいたしました」

「おお、入れ」

「失礼いたします」


 青い髪の侍女がトレイにティーセットを乗せ、一礼して入室してきた。


「喉が乾いておったのじゃ。ちょうどよかった」

「それはよろしゅうございました」


 微笑む侍女は、背筋が伸びて美しかった。

 シックな侍女服の上からも、すらりとした肢体が窺える。

 ジルド大臣は、しばしその侍女に見惚れた。


 侍女はしずしずと彼の傍らまで歩き、ティーソーサーに乗せたカップをテーブルに置いた。

 祝辞は述べない。

 侍女の身分で祝辞を述べることは、出過ぎた行為である。


「見ない顔じゃな。新しい侍女かの?」

「ラスと申します。本日はお疲れかと思い、ハーブティーをお持ちいたしました」

「そうかそうか。気が利くのう」


 侍女がティーポットからお茶をカップに注ぐ。

 自然と前屈みになり、胸の形が強調される。

 ジルド大臣は鼻の下が伸びていた。


「きゃっ。ジルド様、お戯れを」


 お茶を零さないようポットを持ち上げ、侍女は身を捩った。

 ジルド大臣が、彼女の尻を撫でたのだ。


「ふぁっはっは、すまんすまん。さて、いただくかの」


 ハーブティーは程よい温度になっており、喉の乾いていた大臣は、一息にそれを飲み干した。


「美味い。茶の入れ方が上手いの」

「ありがとうございます。お代わりはいかがなさいますか?」

「もう一杯もらおう」

「かしこまりました」


 侍女がポットからお茶を注いでいる間、ジルド大臣は、彼女の尻を撫で回していた。

 彼女は身じろぎをしたが、今度は文句を言わず、お茶を注ぎ終えると一歩下がって控えた。


「どうじゃ、ラスとやら。ワシの専属の侍女にならんか?」

「もったいないお言葉ですが……」

「優遇するぞ。給金も上げてやらんでもない」


 先程までの疲労が嘘のように、ジルド大臣は上機嫌になり、二杯目のお茶に口をつける。

 大臣は知らないことだったが、侍女たちの間では彼の女好きは有名な話だった。


 そして上機嫌のジルド大臣は、侍女の双眸に、冷淡な色が湛えられていることに気づかなかった。


「ぐっ……!?」

「それではジルド様。私はこれで失礼いたします」


 優雅に一礼し、侍女は扉に向かう。


「ま、待て……。貴様、謀ったな……」


 ジルド大臣は喉を押さえ、苦しげにテーブルに突っ伏す。

 ようやく毒を盛られたことに気づいたが、時すでに遅い。

 彼はしばらく悶え苦しんだが、そのうち椅子から転げ落ち、床に倒れて息絶えた。


 侍女はそれを一瞥し、無言で執務室から退室した。

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