憲兵隊隊長セレーネ・マクガフィ
第2憲兵隊隊長セレーネ・マクガフィは、詰め所の会議室で眉根を寄せていた。
「つまり、この2日で18件も殺人事件が発生したにも拘らず、手がかりは一切ないわけですか?」
「いえ……」
報告する部下も、居心地が悪そうだ。
「唯一わかっている手がかりは、被害者は共通して、喉を一切りでやられているということです」
「そうですか……」
セレーネは、肩で切り揃えた栗色の髪を指で摘んで弄る。
彼女が考え込むときの癖だ。
2日で18件。
異常な数だ。
複数犯ならまだ説明もつくが、被害者の殺され方が全て一致していることから単独犯の可能性が高い。
「被害者に何らかの共通点はありましたか?」
「はっ。調べたところ、取り立てて共通点は見当たりません。なにぶん昨日の今日ですので、まだ半分ほどしか身元が判明していませんが……」
「そしてその18件というのも、現時点までに遺体が発見されている件数ということですね?」
「はっ。まだ遺体が増える可能性もあります」
セレーネは顎に手をやって、再度考え込む。
殺し方に疑問があった。
なぜ全て喉なのか。
確かに喉は、人間の急所の一つだ。
喉を切られて生きている人間などいない。
しかし喉は、他の部位と比べて、決して狙いやすい箇所ではない。
人を殺すだけなら、もっと簡単な殺し方がいくらでもある。
これではまるで暗殺者の殺し方だ。
だが暗殺者とは報酬を対価に人を殺す人種だ。
こんな無差別に、かつ大量に殺人を犯す暗殺者など、聞いたこともない。
「念のために聞きますが、金銭目当ての犯行ではないのですね?」
「はっ。遺体の大半には、財布などの貴重品が残されていました」
「盗られていたものもあると?」
「はっ。しかし盗り方から見るに、恐らく浮浪者あたりが後から持ち去ったものと」
「そうですか……」
金銭目当てでもないとなると、ますますわからない。
統一された殺し方を鑑みるに、ただの殺人狂という線も薄そうだ。
セレーネはまるで犯人像を絞れずにいた。
「とにかく巡回の頻度をもっと上げる必要があります。副隊長」
「はっ」
「夜間巡回のシフトを、急ぎ組み直してください。1人の巡回は避け、必ず2人1組になるように」
「はっ」
「他の憲兵隊とも連携し、巡回経路の拡大も行ってください」
「はっ。昼間の巡回はいかがしますか」
「事件の発生は今のところ全て夜間ですので、昼間は現状維持でお願いします」
「わかりました」
副隊長に指示を出すと、セレーネは立ち上がる。
「隊長、どちらへ?」
「仮眠します。夜間の巡回には私も出ます」
「巡回に、隊長自らが?」
「問題がありますか?」
「いえ……」
問題があろうはずもない。
セレーネは、剣一本で隊長までのし上がってきた実力者だ。
女だてらにと陰口を叩く者もいたが、そういった者たちは全て実力で黙らせてきた。
今では憲兵隊でも一、二を争うほどの剣の腕を誇っている。
「では後は頼みます。何かあれば、すぐに起こしてください」
「はっ」
セレーネは仮眠室に移動すると、革鎧を脱いで一息ついた。
安物のベッドに腰掛ける。
セレーネの記憶にある限り、リンガーダ王国において、これほどの連続殺人が発生したことは過去にない。
他国との戦争や領地争いなどの内乱で、大量の死者が出たことはあるが、それと犯罪はまた別の話だ。
そんな過去に類を見ない犯罪が、よりにもよってセレーネの管轄地区内で発生している。
それに連続殺人が発生している事実は、すでに王都中に広まりつつある。
いつの時代も嫌な話が広まるのは速いのだ。
これ以上、被害を広げては、住民たちが恐慌に陥る可能性もある。
解決にあまり時間をかけられないという現実があった。
セレーネは胸中に暗雲を抱えながら、ベッドに横たわった。
「報告です! 首狩りの被害に遭ったと思しき遺体が、更に2つ発見されました」
壁の向こうから、誰かが誰かに報告している声が仮眠室にまで届いてきた。
セレーネは目を閉じた。
どうやら殺人鬼の呼称は、首狩りに決定したようだ。