100人殺し
25日目の夜。
クロネコは夜の帳が下りた町を駆けながら、最後の獲物を選定していた。
残り4人。
できれば手間をかけず、一度で終わらせたい。
ふと屋根の上で足を止める。
前方にある家は、周囲の家屋と比べて大きかった。
あの規模なら、最低でも4人以上は家人がいるだろう。
そう踏んで、家の裏口に降り立つ。
「解錠」
魔法を呟き、裏口から屋内に侵入する。
音もなく廊下を歩きながら、気配を探る。
1階に3人、2階に3人いる。
クロネコはまず2階へ上り、寝室と思しき部屋へ入り込む。
子供が2人、ベッドで寝息を立てていた。
その側には老婆が一人。
恐らくは子供を寝かしつけていたのだろう。
老婆はクロネコの姿に気づくと、驚いたように目を見張る。
だが一言も喋らせることなく、彼はナイフで老婆の喉を切り裂いた。
老婆は床に崩れ落ちた。
2人の子供は同じベッドで、仲良く寝入っている。
クロネコは2人の喉に、躊躇なくナイフを突き立てた。
シーツが鮮血に染まった。
部屋から出たクロネコは、1階に下りて居間と思しき部屋に向かう。
扉の前で立ち止まり、中の様子を窺う。
「そうかそうか。マイケルも来年で15になるか」
「早いものねえ」
「ぼく、父さんと同じように衛兵隊に入るんだ!」
「お前は剣の訓練に熱心だったからなあ」
親子の会話が、扉の隙間から漏れ聞こえる。
察するに父親のほうは衛兵らしい。
ならば素早く片付ける必要がある。
クロネコは静かに扉を開けて、居間に踏み込んだ。
中年の夫婦と、少年がいた。
「な……!」
家人3人が絶句している間に、クロネコはナイフを投擲した。
ナイフは高速で宙を飛び、妻の喉に突き刺さった。
妻の手がもがくように動いたが、すぐに力なく垂れ下がった。
「あ、か、母さん……?」
「き、貴様……!」
夫は、壁に立てかけてあった剣を手に取り、抜き放った。
慣れた動きだ。
「マイケル、お前は逃げろ!」
「い、嫌だ! 母さんが、母さんが……!」
マイケルと呼ばれた少年は、目に涙を溜めてかぶりを振る。
当然、そんなやり取りを悠長に眺めているクロネコではない。
一瞬のうちに、夫の眼前まで間合いを詰めていた。
「くそっ、首狩りめ!」
夫が剣を薙ぐが、すでにクロネコとの距離は密着せんばかりだ。
剣の根元をナイフで受け止められ、驚愕の表情を浮かべる夫。
クロネコは、そんな夫の脇腹にナイフを突き入れた。
そして身体をくの字に折ったところで、喉を突いた。
赤いものを噴き出しながら、夫の身体が倒れた。
「と、父さん……」
マイケル少年の声が震えている。
無理もない。
剣の訓練をしているようだが、実際に人が死ぬところなど見たこともないだろう。
「う、う、うわあああ!」
半ば恐慌に駆られながら、マイケル少年が拳を振り上げて突進してきた。
「父さんと、母さんを返せええ!」
マイケル少年は、恐怖と怒りで正気を失っているようだったが、クロネコのやることは一つだ。
ナイフを一閃。
ぱっくりと開いた喉から鮮血を流し、少年は息絶えた。
「102人だが、まあいいだろう」
一つの依頼が完了し、ささやかな達成感がクロネコの胸中に湧き上がった。
その感情を、すぐに打ち消す。
殺しの現場に留まったまま、無用な感傷に浸るのは二流のやることだ。
クロネコはふと、床に倒れている夫に目を遣った。
体格は彼と同じくらいだ。
確か先の会話の中で、衛兵をやっていると言っていたはず。
「そうだ」
クロネコは2階に上り、夫婦の寝室に立ち入る。
クローゼットを漁ると、目当てのものはすぐに見つかった。
「ついている。王城への潜入に使えそうだな」
衛兵の制服と腕章を手に、クロネコは宿に帰還した。




