追加の依頼
24日目の午後。
窓を開けると、遠くから騒ぎ声のようなものが聞こえてきた。
「何かしら?」
カラスはまだ包帯だらけだが、ようやく起き上がれるようになっており、窓の外を眺めている。
「ついに暴動が起きたんだろう」
「ああ……。そういうこと」
「様子を見てくる」
「いってらっしゃい」
宿を出たクロネコは、一般人を装い、騒ぎの聞こえるほうへ足を向けた。
少し歩くと、憲兵隊の詰め所の一つに大勢の住民が押しかけていた。
ざっと見て100人以上はいる。
「ふざけんな!」
「税金泥棒ども!」
「いつになったら安全に暮らせるんだ!」
「殺人鬼を野放しにしてるんじゃねえ!」
拳を振り上げながら、怒鳴り声を発する住民。
詰め所に石を投げている住民。
詰め所の扉を蹴り付けている住民。
憲兵たちは詰め所の中に閉じこもっているようで、姿が見えない。
出るに出られないのだろう。
騒ぎの中心を取り囲むように、他の住民たちが遠巻きに暴動を見守っている。
そんな中から、更に暴動に加わる者もいる。
「税金を返せ!」
「そうだそうだ!」
「役立たずどもは首にしろ!」
「そうだそうだ!」
暴動の中心にいる住民たちは、皆、怒りの形相を露わにしている。
溜め込んだ不平不満の矛先は、原因である首狩りではなく、役立たずの憲兵隊に向けられていた。
クロネコにとっては好都合だ。
ハゲタカが上手いこと住民を煽ったのだろう。
「退けっ、退けっ!」
「貴様ら、散れいっ!」
突然、群集の一角が崩れた。
そちらを仰ぎ見ると、大量の王国軍が住民たちの制圧を始めていた。
夜間は町の警備に当たっている軍隊だ。
武器と鎧で武装した王国軍に対して、着の身着のままの群集では相手にもならない。
次々と地べたに押し倒され、組み伏せられていた。
しかし抵抗する住民も多く、怪我人が多数出ているようだ。
金属音や悲鳴も聞こえることから、もしかすると死者も出ているのかもしれない。
程なくして暴動は鎮圧され、数十人の住民が捕縛されていた。
残りは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていた。
クロネコも巻き込まれたくないので、その時点でさっさと立ち去った。
「戻った」
「おかえり。どうだった?」
宿に戻るとカラスが出迎えた。
クロネコは肩を竦め、椅子に腰掛ける。
「やはり暴動だった。王国軍が出動して、鎮圧していた」
「王国軍が? それは……、上策とは言えないんじゃないかしら」
クロネコは頷く。
「背に腹は変えられなかったんだろうが、あれだけ力ずくで押さえ込めば、住民の反発は増すばかりだ」
「つまり?」
「明日以降も期待できるだろうな」
「そう。仕事がやりやすくなるわね」
「ああ」
そこに扉がノックされた。
「目玉焼きには?」
「醤油」
「ソース」
「塩」
扉を開けると、ハゲタカが姿を現した。
「よう、お二人さん。邪魔するぜ」
「こんにちは、ハゲタカ」
「はっはっは。カラス、おめえ包帯だらけじゃねえか」
「あなたにも迷惑をかけたわ」
「気にすんな。生きてりゃあ挽回もできる」
手をひらひらと振り、ハゲタカが部屋の真ん中に陣取った。
「何だ?」
「いや、本国のギルドから、お前さん宛に追加の依頼がきたぜ」
「追加?」
「おうよ」
ハゲタカは、皺の寄った口角を持ち上げる。
「100人を殺し終えたら、ついでに軍務大臣も殺してくれとさ」
「ほう」
「それが済んだら、本国に帰還していいとよ」
クロネコは腕を組み、その言葉を吟味する。
「軍のトップが死ねば、侵攻や領地の占領など、何かとやりやすくなるな」
「そういうこったな。こりゃあ下手すれば、このリンガーダブルグにまで攻め入ろうって腹かもなあ」
「戦争に興味はない。報酬は?」
「一人の暗殺にしちゃあでかいぜ。成功報酬のみだが、金貨2000枚だ」
すでにリンガーダブルグに滞在しているクロネコなら、引き受けると踏んで成功報酬のみなのだろう。
確かにこの報酬は魅力的だ。
「いいだろう。しかしハゲタカ、大臣周りの情報がないと厳しい。カラスはもう動けないからな」
「問題ねえ。大臣暗殺については、俺が全面的に協力するように指示を受けてる」
「わかった。よろしく頼む」
そこで、ベッドに横になっているカラスが口を挟んできた。
「気になったんだけれど……。軍務大臣って、今でもグスタフ大臣なのかしら?」
「いいところに目をつけたなあ。グスタフ大臣は、降格させられることが決定してるらしいぜ」
「ということは?」
「近日中にはジルド副大臣が、大臣に昇格になるってえ話だ」
ハゲタカの話に、クロネコが頷く。
「魔法使いの死亡に加え、捕虜であるカラスの奪還まで許したんだ。そのうえ、未だに首狩りの足取りさえ捉えていない」
「そりゃあ責任も取らされるって話だわなあ」
「クロネコが優秀なばかりに、可哀想に」
さもありなんと3人で頷き合う。
「さて、俺は戻るぜ。若いお二人さんの邪魔をしちゃあいけねえからな」
「ちょっと、そんなのじゃないから」
「はっはっは」
「ああ、ハゲタカ」
退室しようとするハゲタカを、クロネコが呼び止める。
「副大臣の勤務時間、生活形態、移動経路、飲食状況など、必要な情報をできるだけ洗い出してくれ」
「おうよ、任せときな」
「できれば副大臣が、大臣に就任した直後を狙いたい」
「それが一番、混乱が大きくなるからか?」
「そうだ」
ハゲタカは「仕事熱心だねえ」と肩を竦めて、出て行った。
「カラスはもう、包帯の交換くらいは一人でできるな?」
「ええ」
「なら、俺は夜の準備をする」
着替え始めるクロネコの身体を、カラスがじっと見つめる。
「何だ?」
「いえ……、さすがに鍛えてるなあって。それに、いくつか古傷があるのね?」
「ああ。まだ未熟な頃、戦闘で深手を負ったことが何度かある」
「何だか歴戦って感じがするわ」
「本来、暗殺者とは手傷を負ってはいけない職業だがな」
「それもそうね」
日が落ちると、準備を整えたクロネコは、カラスに見送られて出かける。
この夜もつつがなく、6人を殺した。
残りは4人だ。




