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本国が軍を動かした

 23日目の午後。


 クロネコは、場末の酒場まで足を伸ばしていた。

 目的の人物を発見すると、そちらへ歩を向ける。


「おはよう」

「よう、クロネコ。もうとっくに昼を回ってるぜ」


 髪の薄くなった頭を撫で上げて、ハゲタカは椅子を勧める。

 それに腰を下ろし、クロネコはテーブルに肘をついた。


「カラスは助けた」

「そりゃあ僥倖だ。同じ情報員として、礼を言う」

「彼女の処遇については任せる。俺が口を出すことじゃあないからな」

「おうよ。上に報告するが、まあ大方、情報員から外されて事務方に左遷されるんじゃねえか」

「そうか」


 あまり興味のない様子で相槌を打つクロネコに、ハゲタカは軽く笑ってみせた。

 こう見えて、情報員仲間の命が助かったことを喜んでいるのだ。


「約束通り一杯奢るぜ」

「夜に仕事があるから、一杯だけな」


 エールを2杯注文し、木杯が2つ運ばれてくる。

 一つをクロネコの前へ、もう一つをハゲタカの前へ。


「幸運にも命を繋いだカラスに、乾杯でもしてやろうぜ」

「ああ」

「それから、順風満帆なお前さんにもな」

「いろいろと苦労はあるんだがな」

「しかしもう大きな障害はねえんだろう?」

「まあ」


 2人は「乾杯」と、杯をぶつけてエールを口に運ぶ。


「そういやあ、カラスの奴が伝えたか知らねえが、本国が動いてるぜ」

「軍か?」

「ああ。大軍を西に向けて動かしてるってえ話だ」

「西というと、つまりこの国か。俺の依頼はまだ終わっていないんだがな」

「そうは言っても、この王都はすでに大混乱だ。攻め込むなら今が好機だろうさ」

「そうだな……」


 クロネコは腕を組んで考える。

 依頼の期日まではあと一週間ほどあるが、依頼の進捗状況は逐次、カラスが本国に報告していたはずだ。


 今の王都の様子を鑑みて、すでに彼の成功を見込んだうえで本国は軍を動かしているのだろう。

 となれば本国の意に沿うような形に持っていけば、報酬に多少の色がつくかもしれない。


「ハゲタカ。相談がある」

「あん? 金は取るぜ」

「構わん。王都の住民を、さり気なく誘導できるか?」

「そりゃあ……。暴発寸前の住民たちに、実際に暴動を起こさせるってことか?」

「そうだ」


 周囲の客の話に耳を傾けても、憲兵隊や王城への不満が大半だ。

 きっかけさえあれば、住民たちはいつでも暴挙に出るだろう。


「今の状態ならそう難しくねえ。そうすりゃあ、お前さんの仕事もやりやすくなるってか」

「ああ。なるべく散発的に、長続きするタイプの暴動がいい」

「いいぜ。上手くすりゃあ、明日あたりからぼちぼち暴動を起こせるかもしれねえ」

「頼んだ」


 エールを飲み干すと、クロネコは立ち上がる。


「上手くいきそうにないときだけ、連絡をくれ」

「おうよ」


 酒場を後にしたクロネコは、宿に戻った。

 ベッドの上のカラスは、落ち着いた寝息を立てていた。

 ある程度は体力が回復したのか、顔色もよくなっているように見える。


 クロネコは彼女を起こさないように、静かに夜の準備を始める。


 現在、85人を殺している。

 猶予は充分にあるので、多少ペースを落としても問題はない。

 慎重を期せば、それだけ下手を踏む可能性は低くなる。


 準備を終えて宿を出る前に、ふと思い立って、果実を切る。

 果実を2切れと水袋を、カラスの枕元に置いておく。

 起きたら勝手に食べるだろう。


「さて、行くか」



 宿を出たクロネコは、いつも通り夜の帳に紛れて屋根を伝う。

 身を低くして音を立てずに移動する彼のことを、発見できる兵隊はいない。


 今夜は大きめの家に当たりをつけた。

 裏口に回り、解錠の魔法で扉を開け、屋内に忍び込む。

 彼の気配感知に誤りがなければ、恐らくは5人いる。


 気配を殺して廊下を進むと、不意に横合いの扉が開いた。


「ママぁ……」


 眠たげに目を擦りながら出てきたのは、小さな女の子だ。

 覆面を被ったクロネコと鉢合わせし、びっくりして硬直している。


 目がくりっとして、可愛らしい子だった。

 このまま成長すれば、さぞかし美人になることだろう。


 そんなことを思いながら、クロネコは、女の子の喉に黒塗りの刃を突き入れた。

 女の子は悲鳴を上げることもできず、うつ伏せに倒れ込んだ。

 喉元から流れ出た鮮血が、すぐに血溜まりを作っていく。


 クロネコはそれを一瞥し、居間と思しき部屋へ向かった。

 家族団欒の話し声が漏れてくる。

 彼はそこに、躊躇なく踏み込んだ。


「だっ、誰だ……!?」

「きゃああ!」


 4人いた。

 若夫婦と思われる2人に、そのうちの片方の親と思われる老夫婦。

 親、子、孫の3世帯で暮らしているのだろう。

 もっとも孫は、もう廊下で冷たくなっている。


 クロネコは一言も発することなく、4人に近づいた。


「く、来るな!」


 若夫婦の夫が、暖炉から火かき棒を取り上げたが、クロネコは目もくれない。

 両手のナイフを、それぞれ振るった。

 滑らかなその一閃は、若夫婦の妻と、老夫婦の妻の喉を切り裂いた。

 血飛沫が床を赤く染める。


 女を先に狙ったのは、騒がれた場合、女の声のほうがよく響くという理由だ。


「ひ、ひいい……」


 老夫婦の夫が腰を抜かしたので、クロネコは火かき棒を持った若い夫と相対した。


「お、お、お前……。噂の、く、首狩りか……!」


 歯の根をカチカチと鳴らす男。

 火かき棒を持つ手は、小刻みに震えている。


 クロネコは無造作に近づく。

 男が悲鳴のような声を上げ、火かき棒を振り下ろす。

 それを一歩横にずれて避け、彼は男の喉を掻っ切った。

 そして続けざまに、最後に残った老人の喉も切り裂いた。


 クロネコは血で汚れた床を踏まないように廊下に戻り、そのまま裏口から外に出た。


 これで残りは10人だが、今夜のところは引き上げることにした。

 あまり早く依頼を達成するより、王都の混乱を少しでも長引かせるほうが、依頼人の意に沿うだろう。


 目下のところ、もう障害はない。

 100人殺しの依頼の達成は、目前にまで迫っていた。

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