命の値段はおいくら
クロネコは裏手の井戸から、桶に水を汲み、自分の部屋に戻った。
部屋ではカラスがベッドに腰掛けていた。
服はぼろぼろで、身体にもまんべんなく裂傷が刻まれている。
全身の痛みを我慢するように、俯いて息を荒げている。
「まず、その血と埃まみれの身体を拭いてから、傷の手当をする」
「ええ……」
ぼろぼろの服はもう役に立たないので、クロネコはナイフで服を刻んで、カラスを下着姿にする。
次によく濡らしたタオルで、彼女の全身を拭いていく。
それだけで傷に障るのだろう、彼女は呻き声を上げる。
身体の血と埃を拭い落とすと、クロネコは自分の荷物から軟膏のビンを取り出す。
「染みるぞ」
「ええ」
カラスの背中や腹部、胸、肩、太ももと、軟膏を念入りに塗り込んでいく。
彼女は額に汗を浮かせながら、声を押し殺してじっとしている。
一通り塗り終わると、次に薬液を布に染み込ませ、カラスの身体に貼っていく。
最後に全身に包帯を巻いた。
「終わった。一口だけでいいから食べて、あとは寝ろ」
クロネコは果実を一切れ、カラスの口に押し込む。
彼女はゆっくりとそれを咀嚼し、水袋の水と一緒に飲み込んだ。
クロネコはようやく一息つく。
夜が明けるにはまだ時間があるが、今夜はもう暗殺には出ないほうがいいだろう。
「……クロネコ」
ベッドに横になったカラスが、弱々しい口調で話しかけてくる。
「あの……。助けに来てくれて、ありがと」
「ああ」
「怒ってる?」
「お前が自害をしなかったことについてなら、そうだな」
「……そうよね」
クロネコは椅子に腰掛け、窓際のテーブルに片肘をついて外を眺めている。
彼の心中は量れないが、横顔はその言葉通り、どことなく不機嫌そうに見えた。
カラスは言い訳ならいくつも思いついた。
しかしどう言い繕っても、それはただの言い訳だ。
ヘマをした挙句、ギルドの鉄則にも従わなかった。
そして暗殺者であるクロネコに、依頼外の仕事を強いたのだ。
職人気質のある彼を前にして、これ以上見苦しい姿を見せても、更に評価が下がるだけだろう。
だからカラスは、一言だけ口にした。
「クロネコ、ごめんなさい」
「ああ」
クロネコは責めない。
カラスもこれ以上は、何も言わない。
「お前の処遇はギルドのほうで決めるだろう。俺は明日になったら、ハゲタカの奴に報告してくる」
そう言ってクロネコは立ち上がる。
「……どこへ?」
「お前のアパートメントだ」
「えっ?」
「少なくとも置きっぱなしの金や服、薬類くらいは回収して来ないと、お前が困るだろう」
「……言われてみれば、そっか」
カラスはもう面が割れているため、アパートメントに戻るには危険だ。
何より怪我と憔悴のせいで満足に動けない。
そして夜が明ければ、王城から捜索隊が出るだろう。
回収するなら夜のうちしかない。
「面倒をかけるわね……」
「お前を助けたことも含め、タダ働きをする気はない」
「え?」
「命の値段だ」
「……わかったわ。魔法使いのときの金貨550枚は、帳消しにする」
「それでいい」
決して情でカラスを助けるわけではない。
そのクロネコの在りように、逆に彼女は安堵していた。
情で助けてほしいという気持ちも、個人的になくはないが、それは彼らしくない。
最強の暗殺者が、変わらず最強であるという事実を目の当たりにできた気がして、カラスは安心して目を閉じた。




