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少女だろうが殺す

 5日目の午後。


 安宿の自室で、クロネコはパンとスープを食べながら、カラスの情報を聞いていた。


「憲兵隊が夜の巡回を増やすみたいね」

「それは当然だな」

「住民たちには、殺人事件が何件も発生したことは、まだほとんど広まっていないわ」

「まあ、昨日の今日だからそうだろう」


 カラスは肩を竦める。


「それにしても、一晩で10人とはやるものね」

「すぐにペースは落ちる。憲兵隊が、よほどの無能揃いじゃない限り」

「そうね。また明日来るわ」

「ああ」


 カラスが退室する。

 クロネコも遅めの昼食を終え、身支度を整える。

 昨晩とは異なる色合いの服に袖を通した。




 夜。

 繁華地区の裏通り。

 他の地区ではそろそろ人気がなくなるであろう時刻だが、繁華街だけあって、まだまばらに人が残っている。


「何見てんだコラァ! やっぞオラア!」


 チンピラが、肩を怒らせてクロネコに近寄ってくる。

 文句のつけようがないほど、上から下まで見事にチンピラといった風体だ。

 周囲の人間は、関わり合いにならないよう遠巻きに見ているだけだ。


「いやあ旦那。俺はそんな、因縁をつけようなんてつもりは……」


 クロネコはなるべく気弱に見える表情を作りながら、後ずさっていく。


「逃げてんじゃねえぞコラァ! やっぞオラア!」


 クロネコが後ずさりながら、チンピラを誘導した先は、建物と建物の間の細い路地だ。

 ここならば周囲の目はない。


「ぶっ殺されてえかコラァ! やっぞオラア!」


 チンピラの語彙の貧弱さに、クロネコは頭痛を覚える。


「何とか言ったらどうだコラァ! やっぞオラ――」


 クロネコの手が静かに動く。

 チンピラは、喉から血を撒き散らしながら沈黙した。

 クロネコは返り血を浴びないよう後ろに跳躍し、そのまま反対方向から、別の裏通りに抜けた。



 と、そこでクロネコは足を止めた。

 耳を澄ませる。


「――――誰か、誰か助けてっ!」


 風にかき消されそうなほどの小さな悲鳴を、クロネコの耳は確かに捉えた。


 クロネコは迷わず、声が聞こえた方向へ駆け出す。

 細い路地を真っ直ぐ進み、右折し、左折する。

 クロネコの頭の中には、このあたりの地理が完璧に記憶されていた。


 そして悲鳴の元へ到着した。

 クロネコは曲がり角で立ち止まり、角の向こうを覗き込む。


 暗い袋小路だった。

 年端も行かない少女がでっぷり太った男に掴まれ、今にも襲われようとしていた。

 少女は目に涙を溜め、長い髪を揺らしながら、いやいやをするように首を振っている。


 周囲に人影がないことを確認し、クロネコは2人の服装を観察する。

 少女は、ごくありふれた服を身に着けている。

 恐らく一般的な庶民だろう。


 反面、太った男が身に着けている服は、やや上等と思われる生地をあつらえてあるようだ。

 貴族とまではいかないが、金持ちの部類に属する平民だろう。


「げっへっへ、こんな場所まで誰も来んわ。助けを呼んでも無駄じゃぞ」

「いやあ……。助けてください」

「げっへ。ワシの家は、こう見えて結構な商家でなあ。逆らうとタダじゃあ済まんぞ」

「そ、そんな……」


 少女の衣服に、太った男の手がかかる。


「……」


 クロネコは数秒ほど思考した後、結論を出した。

 足音を立てずに、太った男の背後まで歩を進める。


 太った男の肩越しに、クロネコと少女の目が合う。


「あ……」


 恐怖で混乱していた少女の瞳が、クロネコの姿を認識する。

 それを確認してから、クロネコは太った男の後頭部を殴りつけた。

 太った男は昏倒し、少女の足元に崩れ落ちた。


「大丈夫か?」


 クロネコは微笑を浮かべ、少女に向かって右手を差し伸べる。


「あ、あ……。あ、ありがとう、ございます」


 少女は助かった安堵に涙を零しながら、差し出された手を取った。

 よほど怖かったのだろう。

 手が小刻みに震えている。

 それを見て、クロネコは一つ頷いた。


「いい子だ。先にこっちの男を殺してしまうと、お前に悲鳴を上げられ、更に逃げられる恐れがあったからな」

「え……」


 それはどういう――。

 その言葉を、少女は続けることができなかった。


 クロネコの左手に、いつの間にか黒塗りのナイフがあった。

 それを少女が認識したときには、すでに少女の喉は切り裂かれ、真っ赤な血が溢れ出ていた。

 少女は何が起こったのか理解できないまま、倒れて動かなくなった。


 クロネコはもう一度、無造作にナイフを振るう。

 昏倒していた太った男も、喉を裂かれて絶命した。


 返り血を浴びていないことを確認してから、クロネコは細い路地を抜けて、裏通りまで戻った。

 巡回中と思しき憲兵と何食わぬ顔ですれ違って、クロネコは次の獲物を探しに行った。



 結局この夜も、クロネコは10人殺した。

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