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死体の処理は手間がかかる

「この魔法使いの死体をどうするかだ」


 居間。

 すでに冷たくなっている少女の亡骸を見下ろし、クロネコは腕を組んだ。

 もちろん家人の死体は、このまま放置でいい。


「あのリィンハルトのときのように、すぐに発見されないようにするってこと?」

「ああ。外に持ち出すわけにはいかないから、この家の中で処分したい」

「でも家の中だと、すぐに発見されそうな気がするわ」

「そうだな……」


 魔法使いが戻ってこないとなれば、殺人が発生したこの家は、衛兵あたりに徹底的に捜索されるだろう。

 さして大きな家ではない。

 どこに死体を隠したところで、すぐに発見される公算が高い。


「分解して、暖炉に放り込むか」

「でも、人の死体は意外と燃えにくいって聞くわ」

「確かにな」


 しばらく考えるが。


「……時間の無駄だな。こんな家では、どう処理したところで発見される。放置していこう」

「いいの?」

「よくはないが、かける手間を考えると面倒だ」

「そう。じゃあ戻りましょう」


 2人は裏口から出ると、屋根に上り、来たときと同じようにクロネコの誘導で移動する。

 カラスは屋根を走ることに慣れていないため、速度はゆっくりだ。


「もっと身を低くしろ」

「ええ。それより、悪いけれど今夜も泊めてくれる?」

「そのつもりだ。夜が明けてから、自分のねぐらに戻るといい」

「私の住まいは、ねぐらなんて大層なものじゃなく、普通のアパートメントよ」

「俺の安宿よりはマシだろう」


 屋根から見下ろす大通りは、警備の兵隊があちこちに点在していたが、彼らが2人に気づくことはない。


「カラス」

「うん?」

「今日は助かった」

「……ふふっ」

「何だ?」

「いいえ。どういたしまして」


 風に流れるカラスの声は、どこか弾んでいるように聞こえた。



◆ ◆ ◆



 翌日の午後。


 グスタフ大臣は、軍務執務室で青い顔をしていた。

 テーブルの上で握り締めた拳が、小刻みに震えている。


「もう一度、報告せい」


 対面にいる衛兵を促す。


「はっ。本日昼過ぎ、隣家からの通報で殺人が発覚しました。殺されていたのは家人3人と……」

「……リリエンテール、か」


 グスタフ大臣は、苦い声を絞り出す。


 魔法使いの死。

 これが意味するところを、大臣はよく理解していた。


 首狩りの討伐に失敗する可能性は、考慮していた。

 だが魔法使いが敗北し、あまつさえ死亡する可能性など、考えてもいなかった。

 グスタフ大臣の知る限り、魔法使いを殺せる存在など、同じ魔法使い以外にはいないはずだった。


 戦争における最終兵器が、一人死んだ。

 それはつまり、数千の兵力を失ったに等しい。


 これはリンガーダ王国にとって致命的な痛手であり、もちろんグスタフ大臣の責任問題にもなる。

 リリエンテールを動かしたのは、他ならぬ大臣だからだ。


「……」

「あの、グスタフ大臣?」

「……下がってよい」

「はっ」


 衛兵が退室すると、グスタフ大臣は頭を抱えた。


 責任を取るのはいい。

 いや、よくはないが、これはもう避けられない。


 だが肝心の首狩りはどうするのか。

 魔法使いで勝てなかった以上、大臣にはもう打つ手が思い浮かばない。


 もう一人、魔法使いを動員すれば、今度こそ勝てるかもしれないが、そんなことは論外だ。

 二人目が殺される可能性を考慮すれば、次なる魔法使いの動員は絶対に許可されない。


 そして首狩りを止められないのならば、王都の住民たちの不満を抑えるすべがない。

 住民たちからすれば、いつ殺されるかわからない日々を、黙って過ごせと言われているに等しい。


 税金を払って治安維持を担っているはずの憲兵隊は役に立たない。

 王城で日々訓練に勤しんでいるはずの衛兵隊も、同様だ。

 そのうえ軍務大臣の名前で発令している、夜間の外出禁止令も功を奏していない。


 住民たちによる暴動が、いよいよ現実味を帯びてきた。

 ひとたび暴動が起きれば、町に配備している王国軍の兵隊をもって、鎮圧に当たらねばならない。

 だがそんなことになれば王都は大混乱だ。

 国の中枢たる王都が混乱に陥れば――。


 グスタフ大臣はここまで考えて、思考を止めた。

 ともかく陛下に現状を報告し、他の大臣たちと、次策について早急に検討する必要がある。


 ただ唯一、期待していることもあった。

 リリエンテールは、王城内の情報が漏れている可能性があると言っていた。

 それについてはグスタフ大臣も思い当たる節があったため、現在、徹底的に城内を探らせている。

 その成果が上がれば、あるいは首狩りの足取りを捉えることができるかもしれない。


 首狩りが現れてから、まだ一ヶ月も経っていないというのに、王都は惨憺たる状況だ。

 グスタフ大臣にとっても、まるで長い悪夢を見ているような気分だった。

 胃が痛くなる思いをしながら、大臣は椅子から立ち上がった。

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