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実はナデナデしてほしい

 朝。

 リリエンテールは、自室のベッドで目を覚ました。


「……」


 まだ眠かったので、小さな身体を丸める。

 もう一度、寝ることにした。




 昼前。

 リリエンテールは目を覚ました。


「……」


 夢の中で食べたチーズケーキは、舌が蕩けそうなほど美味しかった気がする。


 それが夢であったことを残念に思いながら、むくりと起き上がる。

 眠たげにまなこを擦る。

 ベッドから降りる。


 ふわふわの緑髪がぴょんと跳ねているが、気にしない。

 寝間着姿のまま、廊下に出る。


 水場に行って顔を洗う。

 そのまま調理場に直行する。


「おや、リリエンテール殿。おはようございます」


 いかつい顔の料理長が出迎える。

 もう昼時だが、寝間着姿の彼女を見て、起き抜けだろうと判断したのだ。


「料理長さん、おはよう」

「朝食を?」

「ん」

「へい、お待ちください」


 リリエンテールは、調理場の隅っこにあるテーブル席に腰を下ろす。

 足をぶらぶらさせる。

 まだ眠そうで、ぽやっとした表情をしている。


「お待たせしやした。どうぞ」


 料理長がトレイに乗せた料理を運んでくる。

 柔らかそうな白パンに、鶏肉と野菜のスープ、そしてオレンジジュース。


「ありがとう。いただきます」

「へい、ごゆっくり」


 料理長は慣れたものだ。

 この小さな魔法使いの生活リズムが不規則なのは、いつものことだからだ。


 リリエンテールは、もくもくと朝食を食べる。

 表情に変化はない。

 でも、この料理長の味付けは美味しいので、彼女は満足していた。


「ごちそうさま」

「お粗末様でした。おっと、こりゃどうも」


 自分でトレイを下げるリリエンテール。

 彼女はそのまま水場に戻り、歯を磨く。

 そして自室に戻る。


 寝間着を脱ぐ。

 ふと自分の身体を見下ろす。


「……」


 まだ成長期の真っ只中。

 まだ希望はある。


 もぞもぞと黒いローブに着替える。


 王城には、自分の他に2名の魔法使いが詰めている。

 そのいずれも弟子を取っており、毎日のように魔法の訓練に明け暮れている。

 平時の魔法使いはやることがないので、それは当然の日課だ。


 リリエンテールはわがままを言い、それを免除してもらっていた。

 彼女は、人にものを教えるのが苦手だった。


 元々、他者とのコミュニケーションが得意なほうではない。

 口も滑らかではないし、頭の中では論理的な思考ができても、それを相手にわかるように伝えるのは、彼女にとって難易度が高かった。


 ひとたび戦争となれば一騎当千の活躍を見込まれる魔法使いだからこそ、そうしたわがままも通る。

 事実、数年前に一度だけ、彼女は隣国との戦争に参加した。


 その頃の彼女はまだ、成人である15歳に満たなかったが、それでも敵軍の殲滅に大きく貢献した。

 広範囲に魔法を放ち、敵の大軍を吹き飛ばす。

 それを幾度も繰り返し、自軍を勝利に導いた。


 戦争を怖いとは思わなかった。

 もちろん魔法使いの防御障壁を、物理的に突破できる兵など存在しないということも、理由の一つだ。


 しかしそれ以上に、魔法使いとはそういう存在だと、彼女自身が思っていた。


 幼少の頃、魔法の素質を見出された。

 王城に召し抱えられてからは、師匠に魔法使いとしての教育を徹底された。

 魔法の理論や使い方はもちろんだが、魔法使いとしての在り方について、リリエンテールはこう学んだ。


『いいかい、リリエンテール。魔法使いとは人を殺すことで、人を守るんだ』


 師匠は繰り返し、彼女にそう教え込んだ。


『人を殺した数だけ、人を守れる。魔法使いとは、そういう力を持つ存在なんだ』


 魔法使いとしての生き方しか知らない彼女にとって、その言葉は腑に落ちた。

 自分が生まれ持った超常の力は、そういう使い方をするものなのだと。


 だから彼女は、戦争で人をたくさん殺した。

 その数だけ、自国の人々を守れるのだ。


 正義や悪といった概念を、あまり考えたことはない。

 魔法使いとはそういう生き方をする存在であり、リリエンテールは、それに取り立てて不満はない。


 それに魔法使いとして王城に詰めている限り、衣食住は保障されている。

 あと、城に来る前は食べたことがなかったが、料理長が焼いてくれるチーズケーキが、ほっぺたが落ちそうなほど美味しい。

 彼女は概ね、現状に満足していた。


 でも、とリリエンテールは思う。

 彼女とて戦いに身を置く者だ。


 いくら戦争の最終兵器と呼ばれようと、いくら戦闘で無敵を誇ろうと、恐らく天寿は全うできまい。

 いつかどこかで、戦いの最中に命を落とすのだろうと、漠然と予想していた。


 だから今日も、彼女は書き物をする。

 自分の魔法の理論について、羊皮紙の束に書き記す。

 弟子は取らないが、自分が死した後も、これらの魔法がたくさんの人を殺し、たくさんの人を守ってくれればいいと思う。


 魔法使いとはそういう存在なのだから。


 物思いに耽っていたせいか、ふとチーズケーキを食べたくなった。

 でも、まだ我慢しよう。


 首狩りを捉えるために、今夜も物見の塔で網を張る。

 魔法使いとしての在り方を全うするために、首狩りを倒そう。

 人を守るために、人を殺そう。


 そうしたら、ようやくご褒美をもらってもいいだろう。

 我慢した後のチーズケーキは、また格別の味なのだ。


 ただ。

 一度も、言葉にしたことはないけれど。


 がんばった後は、頭を撫でてほしいな、と思った。


 誰にでもいい。

 よくがんばったねと、ささやかでもいいから褒めてほしい。

 ほんの少しだけ、そう思った。


 でも、それは魔法使いの在り方ではない。

 わかっている。

 人を殺し、人を守る。

 それは魔法使いにとって当たり前のことであり、別段、褒められるようなことではないのだ。


 きっと、これからも褒められることなどないだろう。

 それでいい。

 魔法使いとは、そういう存在なのだ。


 詮無いことを考えたと、リリエンテールは小さく首を振った。

 彼女は日が落ちるまで、一人で書き物を続けた。

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