魔法使いは賢い
リリエンテールは朝一番で、軍務執務室の扉を叩いた。
「誰じゃ」
「私」
「おおっ! 入ってくれ」
扉を押し開けると、グスタフ大臣が豪華な椅子から腰を浮かせた。
「待ちわびたぞ。首狩りはどうなった?」
「ごめんなさい。失敗した」
「何と……!」
リリエンテールがそう報告すると、グスタフ大臣はあからさまに残念そうな表情を浮かべ、椅子にどっかりと腰を下ろした。
「手強かったのか?」
「逃げ足が速かった」
「そうか……」
感情の抑揚が少ない彼女は、事実を淡々と告げる。
「でも、首狩りが人を殺せば探知できる」
「つまり?」
「次に人を殺したときが、首狩りの最期」
「……うむ」
魔法使いが負ける想定はしていなかったが、失敗する可能性があることはわかっていた。
それでもグスタフ大臣は苦い顔をした。
「もう一件は、殺人を看過せねばならんか」
「ん」
「次は取り逃がしたりせんじゃろうな?」
「逃がさないように魔法を使う」
その答えを聞いて、グスタフ大臣は大仰に頷く。
彼女は――そもそも失敗自体、珍しいことだが――同じ失敗を二度する人物ではない。
次は間違いなく、首狩りを討伐してくれることだろう。
「……」
かたやリリエンテールは、報告しながら思索に耽っていた。
昨晩の邂逅を思い返す。
彼女は瞬間転移の魔法で、唐突にあの民家の居間へ現れた。
首狩りからすれば、まさしく青天の霹靂だったはずだ。
にも拘らず、首狩りは躊躇することなく、実にスムーズに逃げの手を打った。
リリエンテールは確かに、使う魔法の選択に迷ったが、それはせいぜい1、2秒程度にすぎない。
首狩りが驚いて動きを止めたり、あるいは交戦のために構えたりすれば、それで魔法は充分に間に合っていたはずだ。
「リリエンテール? どうしたのじゃ?」
だが現実は逃げられた。
ナイフを投擲し、彼女に防御のための意識を割かせ、そこから惚れ惚れするほど鮮やかな逃走。
まるで魔法使いと遭遇することを、あらかじめ予期していたかのように。
「……」
仮に、予期できていたのだとすれば。
「グスタフ様。気になることが」
「何じゃ?」
「情報が漏れている可能性がある」




