魔法使いリリエンテール
ふわふわとした緑色の髪に、どこか幼げな容姿。
そしてナチュラルなジト目。
少女は、王城に与えられている自室で、書き物をしていた。
扉がノックされる。
少女は手を止めて、扉を見る。
「どうぞ」
感情の起伏が少ない声で答えると、扉が開いてグスタフ軍務大臣が姿を見せた。
大臣は片手に、銀蓋を被せたトレイを持っている。
「邪魔するぞ。ご機嫌はどうじゃ、リリエンテール」
「いつも通り」
「それはよかった。あと、そう睨まんでくれんか」
「いつも通り」
「そうじゃったな」
リリエンテールと呼ばれた少女は、ジト目でグスタフ大臣を見ている。
機嫌が悪いわけではなく、この目つきで正常なのだ。
「グスタフ様、何の用?」
「相変わらず、愛想がないのう。出動要請じゃ」
「命令じゃなく?」
「戦時以外は、ワシに魔法使いへの命令権はないからな」
魔法使いは、戦争における最大戦力だ。
国王が戦時認定を行う戦争時は、軍務大臣も魔法使いに対する命令権を持つことができるが、そうでない平時には命令権がない。
そして今は戦時ではない。
だからこうして、リリエンテールのご機嫌を取るために、グスタフ大臣は手ずから土産を持ってきたのだ。
トレイをテーブルに置く。
リリエンテールが首を傾げるのを見ながら、銀蓋を取り去る。
「おお……」
リリエンテールの目が輝く。
「焼きたてのチーズケーキじゃ。厨房で料理長に焼かせた」
「おおお……」
香ばしく焼かれたケーキを、食い入るように見つめる魔法使いに、グスタフ大臣は苦笑した。
こうして見ると、甘いもの好きな年相応の少女にしか見えない。
「話を聞いてくれるか? 食べながらでよい」
「ん」
リリエンテールは、トレイに乗っていたフォークを手に取り、ケーキに向き直る。
目がキラキラしている。
「グスタフ様、ありがとう。いただきます」
「うむ」
リリエンテールはフォークでケーキを切り取り、口に運ぶ。
もぎゅもぎゅ食べる。
ゆっくり飲み込む。
とても幸せそうな空気が、少女の周囲に発散されている。
「あー……。話をしてもよいかな」
「ん」
もぎゅもぎゅ。
「巷で噂の、首狩りのことは知っておるな?」
「連続殺人犯」
「そうじゃ。止めてもらいたい」
リリエンテールは手を止めて、グスタフ大臣のほうに首を向ける。
「捕獲は苦手」
「殺して構わん」
「それならできる」
あっさり言う魔法使いの少女に、グスタフ大臣は僅かに空恐ろしさを感じる。
「どこにいるの?」
「わからん。夜しか活動しておらんようじゃが、神出鬼没なのじゃ」
「会えないと倒せない」
「魔法で探せんか」
リリエンテールは口をもぎゅもぎゅさせながら思考する。
魔法のプロとして、可能かどうかを模索しているのだ。
しばらくして、ケーキを飲み込んでから口を開く。
「準備がいる」
「どれくらいじゃ?」
「明日には間に合う」
「今夜は無理か?」
「無理」
「そうか……」
他ならぬ魔法使いがそう言うのなら、無理なのだろう。
今夜、犠牲になる人間については、歯がゆいが諦めるしかない。
「明日の夕方、もう一度来て」
「つまり明日の夜、首狩りは倒せると思ってよいのじゃな?」
「うん」
気負う様子もなく、リリエンテールは平然と答える。
それに満足し、グスタフ大臣は「頼んだぞ」と言い残して、部屋から出て行った。
リリエンテールはしばらく、残りのチーズケーキを味わった。
とても美味しかった。
それから彼女は、戸棚から大きな羊皮紙を取り出し、床に広げた。
人が一人、上に立てる程度の大きさだ。
その横にはペンとインクを用意する。
リリエンテールは床に四つん這いになると、ペン先をインクに浸し、羊皮紙に円を描き始める。
そして円の外周に沿って、魔法文字を書き並べる。
円の中には、四角形や五角形の図形を重ねて描く。
魔法使いにしか理解できないそれは、魔方陣だ。
あらかじめ魔方陣を描いておき、それに乗ることで、自分が使えない魔法も行使できる。
魔方陣とはそういうものだ。
リリエンテールは探知系の魔法を使えないため、魔方陣の力に頼るのだ。
しかし首狩りの顔すらわからない以上、そもそも居場所を特定することはできない。
では何で特定すればいいか。
彼女が今描いているのは、生命探知の魔方陣だ。
人間の生命力を探知する魔法。
だが、この王都にはたくさんの人間がいる。
ただ生命探知の魔法を行使しただけでは、それら全ての人間を感知してしまい、まるで役に立たない。
だからリリエンテールは、魔方陣にアレンジを加える。
生命探知ではなく、生命反応の喪失を探知する魔法に描き換える。
人間の生命が喪失した場所を感知するのだ。
これなら首狩りが人を殺した瞬間、その場所を特定できる。
夜間は外出禁止令が発令されているため、何らかの事故で、夜間に生命が失われる可能性は極めて低い。
たまたま明日の夜に寿命で死亡する人もいるかもしれないが、そこまで考慮しては何もできないため、気にしないことにする。
魔方陣のアレンジは、完全にリリエンテールのオリジナルだ。
頭の中で魔法の書き換えを考えながら、羊皮紙にペンを走らせるため、時間がかかる。
更に、描き終えた魔方陣に魔力を込める作業もある。
結局、リリエンテールは一晩かけて、生命反応の喪失を感知する魔方陣を完成させた。
完成させたら翌日の夜明けになっていたので、夕方まで寝ることにした。
部屋の隅に設えてあるベッドに潜り込み、丸くなる。
少女はすぐに寝息を立て始めた。




