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初めから最強の人間などいない

「憲兵隊の詰め所は大混乱よ」


 16日目の午後。

 カラスはいつも通り安宿にやって来て、いつも通り安物の椅子に無断で座った。


「大混乱?」

「せっかく夜間の外出禁止令を発令したのに、また殺人が発生したから。それも8人も」

「大変だな」

「本当、そうね」


 クロネコはベッドに腰掛けて、ダガーを布で磨いている。


「押し込み強盗の真似事をするなら、確かに外に通行人がいなくても関係ないわね」

「モノを盗ったわけじゃあないから、強盗ではないな」

「そうね。でもこれで、外出禁止令が功を奏さないってことが知れたわけだけど」

「ああ。しかし王都の治安に関わることだから、無策ではいくまい。何か手を打ってくるはずだ」

「というか手を打たないと、そろそろ住民たちの不満が爆発するわ」

「そこまでか?」


 カラスは身を乗り出し、人差し指を立てる。


「いい? 夜間だけとは言え、外出を禁止されれば不満は募るわ。けれど住民たちは皆、我慢している。なぜかわかる?」

「外出禁止令を守れば、連続殺人は止まると信じているからだな」

「ええ。でも止まらなかった。となれば不満の矛先は兵隊たちに向くわ」

「つまり、このままいけば」

「そう。いよいよ住民たちが大挙して、憲兵隊の詰め所まで押しかけかねない」

「それどころか、王城へ押し寄せる可能性もあるな」


 いい傾向だ。

 住民たちが混乱すれば、それだけクロネコたちの仕事はやりやすくなる。

 そして王都リンガーダブルグの混乱は、依頼主の意にも沿うものだろう。

 現時点まで、クロネコたちは上手く仕事をこなしていると言えた。


「今、何人?」

「56人」

「順調ね」

「あと半月あるから、今のままなら充分やれるだろう」

「改めて、成功を祈っておくわ」

「金に?」

「お金に」


 その返答に、クロネコは唇の端を吊り上げる。

 カラスの性格と仕事ぶりは、彼にとって好ましいものだ。


「そういえば、どうでもいいけれどあなたって左利き?」

「いや?」

「いえ。左手で布を持って、ダガーを磨いているから。それに先日、一緒に食事をしたときも、左手にナイフを持って肉を切っていたから」

「ああ……」


 よく見ているなとクロネコは感心した。


「俺は右利きだが、昔、暗殺者ギルドに入ったときから、日常の雑事は左手を使うよう心がけている」

「なぜ?」

「両手を使えるようにする訓練だ。もはや習慣と化しているが、今ではダガーの取り回しも、ナイフの投擲も、右手と同じ精度で行える」

「左手も使えると、そんなに違うの?」

「暗殺の成功率も、戦闘力も、格段に違う」

「へえ……」


 カラスがわかったような、わかっていないような声を漏らす。

 左手も右手と同じように扱えるという感覚は、理解しにくいのだろう。


「最強の暗殺者も努力しているのね」

「初めから最強の人間など存在しない。当然だろう?」

「それはそうね。未熟な頃のあなたを知らないから、どうしても暗殺者クロネコは強いっていうイメージしかないの」

「それでいい。今が重要なのであって、未熟な頃の俺などどうでもいいからな」

「そうね」


 カラスは椅子から立ち上がると、手をひらひらさせた。


「また明日」

「ああ」


 優雅な所作で部屋を出て行くカラスを見送ってから、クロネコも夜の準備を始めた。

 当初、大量に買い込んだ服も、毎日着替えては処分しているため、半分ほどにまで減っていた。




 夜。

 クロネコは、警備の兵隊に見つからないよう出かける。


 王国軍が町の各所で不動の歩哨にあたり、衛兵隊と憲兵隊が歩き回って巡回を行う。

 そして一部の騎士たちが、それら各隊の隊長を務めるといった体制だ。


 しかしそんな猫の子一匹通さない万全の警備も、クロネコの動きを補足するには至らない。

 夜の闇に紛れて、屋根から屋根へ移動する彼を邪魔する者はいない。

 夜目の利くクロネコは、乏しい明かりの中でも移動に不自由することはないのだ。


 稀に裏口のない家も存在する。

 だがわざわざ侵入しにくい家を選ぶ必要はないので、裏口があり、かつ灯りの漏れている家を対象にする。


 解錠の魔法で裏口を開け、音もなく屋内に忍び込む。

 気配を殺し、廊下を歩き、部屋まで到達する。


 家人が悲鳴を上げる暇もない。

 ナイフを数度振るい、いずれも喉を切り裂いて殺す。

 動く者がいなくなった後、音もなく裏口から出ていく。


 それを3度繰り返し、クロネコはこの夜、合計9人殺した。

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