激怒する騎士団長
「いったいどういうことだ!」
騎士団の詰め所で、騎士団長は激怒していた。
報告に来た部下の騎士が、肩を縮こませている。
「詳しく申し上げますと、昨晩からリィンハルト様および、リィンハルト様の隊の衛兵3名、憲兵6名が行方不明です」
この部下は平騎士であるため、上級騎士のリィンハルトに対しては様付けだ。
「合計10名だと? なぜ、それほどの人数が行方不明になる」
「それは我々にも……。帰還していないという報告しか」
「捜索は?」
「行っておりますが、未だ」
「ぬう……」
1、2名であれば、どこかで油を売っているという可能性もなくはない。
しかし10名、それも任務に熱心なリィンハルトがいて、ただサボっているだけという可能性はゼロだ。
「同じ隊の者の証言ですが、リィンハルト様は昨日、気になることがあると言って9名の兵隊を連れていったそうです」
「向かった先まではわからんということか」
「はっ。しかしあのリィンハルト様に限って、何かあったということは……」
「……」
騎士団長は、テーブルに両肘をついて考え込む。
このタイミングで行方不明。
十中八九、首狩りが関わっていると見るべきだろう。
そして一晩帰還していないということは、首狩りに敗れてすでに死亡しているのか。
しかし、素直にそう考えにくい事実もあった。
何といってもリィンハルトを含む10人だ。
対する首狩りは単独犯の可能性が高いと、すでに報告に上がっている。
10対1で敗北するなど、普通に考えればあり得ることではない。
であれば、他に何かあったのか……。
騎士団長は、考えを絞り込むことができないでいた。
いっそ死体が見つかってくれたほうが事態が明確になる分、まだ気が楽だ。
「ともかく、もっと人手を割いて捜索を続行させろ。日が落ちるまでは、巡回の兵隊は減らしても構わん」
「はっ!」
退室する部下を見送り、騎士団長はため息をついた。
そして、ここ数日でずいぶんとため息が増えたと自嘲した。
いいニュースもあるのだ。
昨晩は、首狩りによる被害が報告されなかった。
恐らく外出禁止令が功を奏したのだろう。
連日のように殺人が発生していたため、これは兵隊たちを大いに安堵させた。
「このまま連続殺人が止まってくれればいいが……」
騎士団長の願望が、独り言として零れた。
◆ ◆ ◆
「おはよう、クロネコ」
「もう午後だが」
カラスは早朝にクロネコの宿を辞していたが、午後になるといつも通りまた宿を訪問していた。
めかし込んだワンピースの影はすっかりなく、普段通りのラフなパンツスタイルだ。
「自分の宿に戻ったのは今朝だろう。情報収集の時間はあったのか?」
「ほぼなかったけれど、でも一応、ここに来る前に王城の間者に接触はしてきたわ」
「で?」
「騎士団長様がお冠みたい」
「騎士様を含む10人が行方不明だからな。そりゃあそうだ」
「まあ、それだけ。情報と呼べるものはないわ」
「そうか」
動きがないのは、クロネコにとっては歓迎すべきことだ。
可能性は低いとはいえ、なりふり構わず騎士団に派手に動かれたり、あるいは魔法使いが出動してくるような事態になると、やりにくくなる。
「今夜からまた?」
「ああ、暗殺を再開する」
「でももう、夜は通行人なんていないけれど」
「前にも言ったが、手はあるから問題ない」
「そう」
それだけ聞くと、カラスはあっさり椅子から立ち上がる。
ベッドに腰掛けながら、それを見上げるクロネコ。
「カラス」
「ん?」
「お前、情報がなくても毎日ちゃんと来るんだな」
「あなたが毎日来るように言ったんじゃない」
「そうだが」
「私は律儀な人間なの」
「そうか」
「念のため、首狩り捜索隊には気をつけてね」
「ああ」
カラスは手をひらひら振りながら、部屋から出て行った。
当然の話だが、背格好と性別の割れている首狩りに対して、各所で兵隊による捜索が行われている。
しかし逆を言えば、顔や髪の色など、本人を決定付けるような特徴は知られていない。
更にこの王都は広く、兵隊たちの目が届かないような宿泊施設もたくさんある。
クロネコはそうした宿の一つに宿泊しているため、捜索隊の目に留まる可能性についてはあまり心配していなかった。
「さて」
クロネコは、今夜の準備に取り掛かった。




