死体を始末する
「……凄まじいわね」
カラスの声には、驚嘆の色が混じっていた。
「まあ死体が10体も転がっていれば、目を覆いたくなる光景だろうな」
「あなたの強さのことよ。話には聞いていたけれど、これほどなんて」
「ああ……」
どうでもよさそうに、クロネコは相槌を打つ。
10人殺した直後だが、クロネコの心には何の高揚もなかった。
彼にとっては、ただ障害物を排除したに過ぎない。
「でも、毒があるなら前回戦ったときに使えばよかったのに」
「前回は持っていなかった。それに、あまり毒の持ち合わせがないんだ。殺されたとわかるように殺せという依頼だから、元から少量しか持参していない」
「なるほど。毒殺だと、殺されたとわからないものね」
「そういうことだ」
納得したようにカラスが頷く。
「それより、死体を始末するぞ」
「始末?」
「そうだ。このままここに転がしておけば、こいつらが死んだことはすぐに知れる」
「10人もいなくなれば、死んだことはどのみちバレると思うけれど」
「そうだが、即日バレるよりは少しでも時間を稼げたほうがいい」
クロネコは死体を引きずり、一箇所に集めた。
「どうするの?」
「ちょうどここは川だ。幸い、それなりに深そうだから沈める」
「……えげつないわね。でも死体は浮くでしょう?」
「リィンハルトの鎧と、こいつら全員が持っている剣が重しになる。あと適当に石ころをポケットに詰めておけばいい」
「面倒ね……」
「人気はないが、誰かが通りかからないとも限らない。急ぐぞ」
「ええ」
クロネコとカラスは、10体の死体のポケットに石を詰め、服で剣を結んで重しにした。
そしてクロネコが川に入り、死体を1体ずつ深い場所まで引いて、沈めた。
全てが終わる頃にはすっかり日が沈み、夜になっていた。
「今日から、夜間の外出禁止令が発令されているのだけど」
「王国軍の兵隊たちが、各所に張り込んでいるはずだ。そいつらと巡回の憲兵に見つからないように、帰るしかないな」
「私はあまり自信がないわ」
「なら、今夜は俺の宿に来い。誘導する」
「そうさせてもらおうかしら」
夜の闇に紛れて、2人は町を駆ける。
暗殺の目標を定めながらであればまだしも、ただ移動するだけだ。
クロネコたちは誰の目にも留まらず、宿に戻った。
「散々な一日だった」
宿の自室で着替えながら、クロネコが愚痴を零す。
「ごめんなさい。私が足を引っ張ったわ」
「リフレッシュできたのは事実だから問題ない。それに、リィンハルトを始末できたのはよかった」
「これで一気に10人、殺せたわね」
「いや。あいつらは元々、暗殺の標的じゃあない。やむなく戦闘になっただけだから、依頼の数にカウントすべきじゃないだろう」
「そう。残念」
クロネコは着替え終えると、カラスと一緒に宿の一階に下り、夕食を取った。
「ここの夕食ってパンとスープだけなのね」
「安宿だからな。代わりに、誰が泊まっても宿の主人は気にしない」
部屋に戻ると、クロネコは壁際に腰を下ろした。
「寝ないの?」
「寝る。お前はベッドを使うといい」
「えっ、でも」
「俺はどこでも寝られる。そうじゃないと困るからな」
「……そう。じゃあお言葉に甘えるわ」
カラスは着替えがないので、ワンピースのままベッドに横になる。
「ねえ」
「何だ?」
「このベッド、硬いんだけれど」
「安宿だからな」
「そうよね」
カラスは、長かったけれどそれなりに楽しい一日だと思っていた。
戦闘はあったし、命を落とす危険もあったが、終わりがよければいいのだ。
「クロネコ」
「何だ?」
「今日はそれなりに楽しかった?」
「まあ」
外出禁止令のせいで、外からはほとんど騒音が聞こえない。
部屋は静かだ。
カラスの呼吸音は聞こえるが、クロネコは呼吸も静かで、耳を済ませても息をする音はほとんど聞こえない。
「クロネコ」
「何だ?」
「今日は付き合ってくれてありがと」
「ああ」
部屋は暗い。
窓から差し込む僅かな月明かりだけでは、クロネコがどんな表情をしているのかわからない。
「クロネコ」
「寝ろ」
「はい」
2人は、あとは言葉を交わすこともなく寝た。




