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窮地

「いつの間にか、結構な時間が過ぎたわね」


 カラスが空を見上げる。

 日は傾いて、夕方に迫ろうかという時刻になっていた。

 昼頃と比べ、影がずいぶんと長くなっている。


「日が沈むまでにはもう少しあると思うが、戻るか? 今日は充分に休めた」

「ええ。でも最後に、もう一箇所だけ寄ってもいい?」

「ああ」


 クロネコとカラスは、並んでゆっくりと歩く。

 いつしか住宅街から離れ、人気は少なくなり、程なくしてゆったりとした川が見えてきた。


「何だ? 釣りでもする気か?」

「釣り、好きなの?」

「特には」

「ここは一応、デートスポットみたいなものよ。しばらく物騒だから、人はいないみたいだけど」

「そうみたいだな」


 確かに、周囲に人影はない。

 向こうのほうに2つほど気配を感じることから、なるほど、カップルが訪れる場所の定番なのかもしれないとクロネコは思った。


「ほら、このあたりの川辺」


 川幅はそれなりに広かったが、土手を越えると川の近くまで下りられるようになっていた。


「川に映る夕日が、とても綺麗と評判なの」

「ほう」

「せっかくだし、見てから帰りましょ」

「綺麗なものに感動する趣味は、あまりないんだが」

「それは趣味じゃなくて感性の問題よ」


 2人は他愛ない話をしながら、土手をゆっくりと下りて川べりまで歩を進めた。

 カラスの表情を見る限り、雑談程度の会話であってもそれなりに楽しんでいるようだ。

 今日一日、クロネコは心身共にそれなりにリフレッシュできたが、カラスも同様であればいいことだ。

 隣を歩くカラスの横顔を眺めながら、クロネコはそんなことを思った。


 そうしているうちに、日が落ちていく。


「見て」


 カラスの視線が示す先、赤い夕焼けが川面に反射して、きらきらと輝いていた。

 クロネコは僅かに感嘆の息を漏らした。

 確かに、こんな光景は日常的に見られるものではない。


「綺麗ね」

「……」

「クロネコ?」


 クロネコは無言で、カラスの腰を抱いて引き寄せた。

 カラスが驚いたように顔を上げる。

 互いの吐息を感じ取れる距離。


「……クロネコ」


 夕日の影響か、微かに潤んだカラスの瞳がクロネコを見上げている。


 見下ろすクロネコ。

 見上げるカラス。


 クロネコの唇が、カラスにゆっくりと近づく。

 カラスの頬が薄っすらと染まり、彼女はそのまま目を閉じ――。


「囲まれている」

「ふぁ!?」


 カラスの口から間の抜けた声が出た。

 クロネコはすでにナイフを取り出しており、カラスの身体を遮蔽物にして、そのナイフにちょっとした細工をしていた。


「ど、どういうこと」

「言った通りだ」


 胸に手を当ててどぎまぎしながらカラスが聞くと、クロネコは顎で土手のほうを示した。

 川べりにいる2人を包囲するように、ばらばらと合計10人が下りてくるところだった。


 憲兵隊の腕章をつけた者が6人。

 衛兵隊の制服を身に着けた者が3人。

 そして――。


「……リィンハルト」


 カラスが呻く。

 恐らく隊長を務めているのだろう最後の一人は、騎士の鎧を纏っていた。

 土手を下りた10人は、川べりを背にする2人を扇状に包囲した。

 クロネコは目を細めて、その10人を見渡す。


 隊長――騎士リィンハルトは抜剣しながら、鋭い口調で指示を出す。


「衛兵隊第1班!」

「はっ!」


 衛兵の3人が呼応する。


「私と一緒に、首狩りに当たれ。可能であれば捕縛、難しければ殺して構わない」

「かしこまりました!」


 衛兵3人が剣を抜く。


「憲兵隊第1班」

「はっ!」


 憲兵の3人が応じる。


「あちらの女性の捕縛を頼む。情報がほしいから、殺さないように」

「はっ!」


 憲兵3人は剣を抜かず、カラスのほうに一歩詰め寄る。


「憲兵隊第2班」

「はっ」


 憲兵の残りの3人が指示を受ける。


「後詰めを頼む。首狩りとあちらの女性に逃走を許さないように。また誰かが倒れた時は、すぐに穴を埋めてくれ」

「はっ!」


 クロネコは内心で舌打ちをした。

 リィンハルトは、人数で勝るときの戦い方をよく知っているようだった。

 恐らく過去に幾度も、こうした賊との戦闘を経験しているのだろう。


「カラス」

「……いくら相手が下級の憲兵でも、私の腕じゃ3人同時は無理よ」

「いや」


 リィンハルトが指示を出している間、クロネコとカラスも小声で会話をしていた。


「手段は問わないから、時間を稼げ。憲兵3人をこっちに来させるな」

「それだけでいいの?」

「ああ」

「それならどうにか」


 カラスに頷くと、クロネコは一歩進み出た。

 逃げる意思はない。


 どのみちこの場の全員に顔を見られているのだ。

 相手を全滅させない限り、これ以上の依頼の遂行は困難になる。

 そんなクロネコの様子を見て、リィンハルトは口を開いた。


「確証はなかったのだけどね。この場に来て、実際に見て、確信したよ。君が首狩りだね」

「確証もないのに、9人も動員して追ってくるとはな」

「逆だよ。私の隊にはもっと人がいるが、確証がないから一部だけ連れて来たんだ」

「しかし別段、怪しまれる行動はしていなかったと思うが……」


 クロネコはそこだけが不思議だった。

 そんな疑問に、リィンハルトは律儀に答える。


「首狩り。君はもしかすると、普段から女性の心情にあまり興味がないのかい?」

「……ないが、それが?」

「だと思った。そちらの女性の挙動は、私が怪しむには充分だったのだよ」

「私?」


 カラスが自分を指差す。


「そちらの女性は、あの料理屋で私が話しかけたとき、ずいぶんと警戒を見せていた」

「知人でもない男に話しかけられて、女が警戒するのは当然だろう」

「そう。普通はそれが自然な挙動だ。だから恐らく、君も不自然に思わなかったのだろう」

「……?」


 訝しむクロネコに、リィンハルトが言葉を続ける。


「少々、自画自賛になってしまうが、私はこの王都でそれなりに人気がある。特に女性にはね」

「そうらしいな」

「それに加えて、町を守る騎士の身だ。つまり本来、王都の住民は私の姿を見て、安心感を抱くのが自然なのだよ」

「何だと……」

「わかるかい? この町において私を警戒する女性がいるとすれば、その時点で、その女性は不審なのだ」

「……」

「……」


 リィンハルトのこの自信。

 クロネコとカラスは、ある意味で大層感心していた。


「それにそちらの女性は、私の周囲も警戒していた。推測だが、連れの兵隊がいないかどうか気にしていたのだろう?」


 その通りだったので、カラスは返す言葉もなかった。


「……ごめんなさい、クロネコ。この状況は私のせいみたい」

「そのようだが、気にしなくていい。不審に思われていることに気づかなかった俺のせいでもある」


 クロネコはすでに、意識を戦闘態勢に移行させていた。

 2対10だが、リィンハルトを除いた9人が相手であれば、クロネコには負けない自信があった。

 つまり、結局はリィンハルトなのだ。

 もちろん相手もそれはわかっているだろう。


「さて、無駄だと思うが一応、勧告はしよう。大人しくお縄に――」


 だからクロネコは、リィンハルトの口上を最後まで聞く気はなかった。

 クロネコの右手が素早く動き、ナイフを投げ放った。

 狙いはリィンハルトの喉だ。


 しかし奇襲を予期していないリィンハルトではない。

 剣を振るい、ナイフを弾き飛ばした。


 瞬間。

 クロネコの左手が、予備動作なしで2射目を投擲した。

 この場にいる誰もが反応できなかった。

 ナイフを投げる挙動を視認できた者は、誰一人いなかった。

 気がついたときには、リィンハルトの喉元にまで、ナイフが飛来していた。


 だがリィンハルトは、騎士団でも数指に入る手練れの騎士だ。

 投擲の動作に反応できなくとも、迫り来るナイフには反応できた。


「くっ!」


 咄嗟に上体を逸らす。

 必殺だったはずの投げナイフは、リィンハルトの首筋に、一筋の赤を残しただけで終わった。


「リィンハルト隊長!」

「動じるな。掠り傷だ」


 動こうとした衛兵を手で制し、リィンハルトはクロネコを睨み付けた。


「……さすがだね。しかし、今のが君の最後のチャンスだった。次はないよ」


 クロネコは無言を貫く。

 しかしその表情には、今の2射で決められなかった悔恨が僅かに浮かんでいた。

 それを見て取ると、リィンハルトは指示を出した。


「かかれ!」


 クロネコは両手にダガーを抜く。

 戦闘が始まった。

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