自己満足のために金を稼ぐ
クロネコは口を開く。
「金を貯めて、爵位を買いたい」
「……貴族になりたいの?」
驚いたように、カラスがクロネコの顔を見つめる。
「違う。土地を保有できるのは、貴族だけだからだ」
「……えっと、領地がほしいの?」
「ああ。ある程度、広いほうがいい」
「なぜ土地を?」
「孤児や浮浪児をかき集める」
「……?」
カラスが首を傾げる。
クロネコは水を一口飲む。
「俺自身、スラム出身の孤児だったからよくわかる。あそこは、自力では抜け出せない袋小路のようなものだ」
「袋小路?」
「ああ。孤児や浮浪児は、金も住む場所もない。だから教育を受けられない。そして行き着く先は、運がよくても日雇いの下っ端、運が悪ければ野垂れ死にだ」
「……そうね」
カラスは別にスラム出身ではなかったが、クロネコの説明は理解できた。
スラムとはそういう場所なのだ。
「大人はまだいい。死のうが、ある程度は自己責任だと思っている。だがガキどもは違う。あいつらは、ただ生まれが不運だっただけで何もできずに死んでいく」
「もしかして、それを助けたいと?」
「いや。直接助けたところであまり意味はないし、いつまでも助け続けることだって不可能だ」
香草焼きを口に入れ、噛んで飲み込んでから、会話を続ける。
「俺は相当に運がよかった。暗殺の才能があったし、それを見出されて暗殺者ギルドに拾われ、稼げるようになった」
「今では一番の稼ぎ頭だものね」
「ああ。だがガキどもはそうじゃない。俺はあいつらに、努力の機会を与えたいと思っている」
「努力の機会?」
「そうだ」
クロネコは真剣な表情で目を細める。
普段と異なり、語る口調にどこか熱が篭っていた。
「孤児や浮浪児どもに、場所と教育を与える。言い方を変えれば、自分で生きるための手段を与えてやる」
「……なるほど」
「もちろん教育を与え終わった後は、知ったことじゃあない。生きる手段を活用しない、あるいは活用できない奴の面倒まで、見るつもりはないからな」
「つまり……。土地と、学校を作りたいのね」
「いわゆる一般的な学校に限らないがな。まあ、その通りだ」
カラスは目を丸くして、クロネコを見つめていた。
人を殺すことに躊躇のない暗殺者が、間接的とはいえ人助けのために金を注ぎ込もうとしている事実に、非常に驚いたのだ。
「似合わなくて悪かったな」
「何も言っていないじゃない」
「顔に書いてある」
「……まあ、驚いたのは事実だけれど」
「イライラするんだよ」
「えっ?」
クロネコは、香草焼きをフォークで突き刺す。
「生まれだけで、ただ死んでいく予定だった自分と、同じような境遇の奴らがそこら中にいるという事実にイライラしている。はっきり言って不愉快だ」
「……」
「俺は自分のイライラを解消させたい。つまり、ただ自己満足のために殺しをやっている」
「そう……」
カラスのラザニアはもう残っていなかった。
ナイフとフォークを置く。
「でも、世界中の孤児や浮浪児を集めるのは無理よ?」
「そうだろうな。俺の手が届く範囲だけだ」
「しかもそのために、暗殺という仕事を繰り返す?」
「知ったことじゃあない。俺が一番稼げる仕事はこれだ。幸い、人を殺すにあたり良心の呵責なんてものは一切ないからな」
「ひど」
「だから自己満足と言っただろう」
「そうね」
カラスは平然とした表情で、水を飲んでいた。
本気で酷いと思っているわけでもないのだろう。
彼女とて暗殺者ギルドに所属している身なのだ。
「満足したか?」
「ええ。意外だったけれど、あなたも人間だということがわかって、少しだけ身近に感じたわ」
「今までは何だと思っていた」
「狂人」
「うむ、反論できん」
人を殺すことに、何も感じない人間。
確かに一般的な倫理観から言えば、クロネコは狂人に違いない。
「安心して。別に今の話を口外する気はないし、むしろ私のやる気も少し上がったわ」
「何でだ?」
「この依頼中だけだけれど、あなたと私は相棒のようなものだし。相棒のことをよく知れたら、それはやる気に繋がるのよ」
「そういうものか」
「そういうもの」
カラスは言葉通り満足気だ。
それを見て、クロネコはまあいいかと思った。
ナイフとフォークを置く。
「美味かった」
「当たりだったわね」
そして2人が一息ついたとき、店の入り口が開いて一人の男が入店してきた。
金属製の鎧を身に着けている。
「やあ、オヤジさん」
「よう、騎士様がサボりたあ関心しねえな?」
「ははっ。ようやく昼休みなので、昼食を取りに来ました」
店のオヤジと気軽に挨拶を交わすその男を見て、クロネコは顔を引きつらせた。
カラスは片手で顔を覆った。
騎士リィンハルトがそこにいた。




