騎士の非番
今日、リィンハルトは非番だった。
帯剣はしているが、騎士の鎧は纏っていない。
リィンハルトは上級騎士ということもあり、比較的裕福だ。
しかし彼は、俗に言う高級料理店よりも、庶民の料理屋に顔を出すことを好んでいた。
昼食を取るため、行きつけの料理屋に入店する。
「おう、リィンハルト。先月ぶりかね」
「オヤジさん、今日は非番なんです」
「そうかい。久しぶりだ、ゆっくりしていってくれ」
「そうさせてもらいます」
店主兼シェフのオヤジに挨拶を済ませ、テーブルに着く。
昼時にも拘らず、ぽつぽつと空席があった。
やはり前回来たときよりも、客数が減っている印象がある。
それにリィンハルトは、一抹の寂しさを覚えた。
「こんにちは、リィンハルト様」
給仕の娘が注文を取りにやってくる。
「やあ。少し髪を伸ばしているのかな? よく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます」
リィンハルトの微笑に、給仕の娘は頬を染める。
何といっても金髪碧眼の美男子であり、騎士だ。
彼に憧れる町娘は多い。
「本日のランチが美味しそうだね。これを頼むよ」
「はい、かしこまりました」
給仕の娘は、軽い足取りでカウンターに戻っていく。
リィンハルトは、こうした店が好きだった。
自身は上級騎士であり、庶民とは呼べない。
だからこそ守るべき対象に接することができ、身近に感じられる場所を、彼は大切にしていた。
しかし窓から表通りを見ても、心なしか通行人の数が少ない気がする。
店内の客も、浮かない表情をしている者が多かった。
首狩りによる連続殺人の影響であることは疑いようもない。
客の中にも、身内を殺された者がいてもおかしくはない。
リィンハルトは胸中で、犠牲者たちを守れなかった己の力不足を感じていた。
「お待たせいたしました。小麦のパンと野うさぎの香草焼き、季節の野菜のスープです」
「ありがとう。実は、お腹が減って倒れそうなところだったんだ」
「まあ」
冗談めかしたリィンハルトの言葉に、給仕の娘は可笑しそうに笑い、一礼して戻っていった。
リィンハルトは、ナイフとフォークを丁寧に使い、ゆっくりと昼食を味わった。
香草焼きは香ばしく焼けており、スープは野菜の味がしっかりと染み込んで、それぞれ美味しかった。
「ご馳走様、オヤジさん。料理の腕は相変わらずですね」
「おうよ。この腕だけで30年以上、やってきたんだからな」
カウンターで代金を払いながら、リィンハルトは少しばかりオヤジと雑談をする。
「ところでオヤジさん。変わらず美味しいのに、昼時に空席がありますね?」
「そりゃあなあ……」
オヤジが苦い顔をする。
「みんな首狩りがいつ自分のところに来るのかって、びくびくしてるのさ」
「……そうですよね」
「リィンハルトは腕の立つ騎士様だろ。捕まえることはできねえのかい?」
「それができれば、一番いいのですが」
そう。
それができれば一番いい。
いっそ自分の目の前に首狩りが現れてくれれば、リィンハルトにとってはこの上ない展開だ。
「ま、そう暗い顔をするもんじゃねえ。こんなときこそ、騎士様には堂々としてもらわなきゃあな」
「ええ。ではオヤジさん、また」
軽く会釈をし、リィンハルトは退店する。
日が落ちるまで、リィンハルトはのんびり過ごした。
表通りを歩きながら道行く人々を眺める。
知り合いの果実屋で、果実を一つ購入し、かじりながら歩く。
挨拶をしてくる町娘に手を振り返す。
心落ち着くひと時だった。




