9日目
9日目の深夜。
メイドは商業地区の裏通りを歩いていた。
最近、首狩りと呼ばれる殺人鬼が夜な夜な徘徊していると、屋敷でも話題になっている。
にも拘らずこんな夜更けに、ご主人様にお酒の買出しを頼まれた。
ご主人様はお気に入りのお酒が切れると、いつでもどこでもメイドを買出しに行かせるのだ。
怖い。
ご主人様の行きつけの酒屋は、裏通りの奥まった場所にある。
だから人気のない裏通りを行くしかない。
わかっていても怖い。
やはりさっきすれ違った衛兵さんに、ついてきてもらえばよかっただろうか。
衛兵さんはとても強そうだった。
きっと殺人鬼が現れても、すぐに捕まえてくれるに違いない。
でもお仕事の邪魔をすれば、怒られるかもしれない。
そうは思っても、たまに鳴る風の音や、遠くで野良犬が吠える声を耳にするたびに、びくっと身体が竦む。
よし。
次に他の衛兵さんを見かけたら思い切って、ついてきてほしいとお願いしてみよう。
怒られても、こんな怖い思いをするよりはマシだ。
メイドは落ち着きなく、周りをきょろきょろしながら歩く。
歩く。
歩く。
歩――。
いつ現れたのかも、どうやって現れたのかも、わからなかった。
目の前に、息がかかりそうなほどの距離に、黒い影がいた。
メイドは恐怖のあまり、悲鳴を上げようとした。
そして自分の喉から、赤く熱いものが流れ出ていることに気がついた。
そのときにはもう、黒い影は、忽然と姿を消していた。
メイドの意識は、そこで途絶えた。
衛兵さんは来てくれなかった。
◆ ◆ ◆
屋根の上を、クロネコはまるで猫のように俊敏に駆ける。
屋根から屋根へ。
地上の風景が、流れるように変わっていく。
クロネコは殺し方を変更していた。
通行人に紛れる方法は、もう通用しないと踏んだのだ。
クロネコは、ある屋根の上で止まる。
身を屈め、屋根に金属の楔を打ち付ける。
そして楔に、目立たないよう黒く色付けしたロープを結ぶ。
ロープのもう片側は、自分の足首に結び付ける。
屋根の下を見下ろす。
繁華地区の裏通りだ。
表通りから、一本奥に入っただけの通り。
まだまだ通行人が何人も歩いている。
そこでクロネコは、息を殺してじっと待つ。
ほどなくして、すぐ真下を中年の男が通りかかる。
クロネコは、躊躇なく屋根から飛び降りた。
男の目には、黒い人影が突如、逆さまに降ってきたように見えたことだろう。
ロープが張り、反動でクロネコの身体が上に引き戻されるときには。
すでにクロネコのナイフは、男の喉を切り裂いていた。
クロネコはそのまま上半身を振り、足を縮め、ロープの反動を利用して、一挙動で屋根の上に戻った。
目撃した者はいない。
仮にいたとしても、何が起きたかわからなかっただろう。
それほどの一瞬だった。
クロネコの驚異的な身体能力は、曲芸じみた暗殺を可能にしていた。
ただの殺しではなく、これは紛れもなく暗殺だった。
同じ場所で、二度は暗殺をしない。
クロネコはロープを解き、証拠を残さないよう楔も抜き、屋根伝いにその場を後にした。
巡回の憲兵が男の死体に気づいたときには、クロネコの姿はもう影も形もなかった。
クロネコはそれから3度、それぞれ別の場所で、同じように通行人を暗殺した。
そして翌日の夜もクロネコは同じように、5度、暗殺をした。




