ちょっと100人殺してきてくれ
クロネコはキャルステン王国の暗殺者ギルドにおいて、随一の腕利きだ。
だから、このように難易度の高い依頼がよく回ってくる。
「ちょっと100人、殺してきてくれ」
「ちょっとじゃねえよハゲ」
ギルドマスターは中年のハゲだが、真正面からハゲと呼べるのはクロネコしかいない。
「安心しろ、どうせ殺るのは隣国の人間だ」
「隣国?」
隣国といえば、西隣のリンガーダ王国しかない。
「リンガーダの王都リンガーダブルグだ」
「一つの都市で100人を殺して回れと? それも王城のお膝元で?」
「そうだ」
「俺は暗殺者であって、殺人鬼じゃあないんだが」
「生憎と殺人鬼にコネがなくてな」
「……」
クロネコは、自分の黒髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
論法が強引なのは、このギルドマスターの常だ。
「期間は?」
「1ヶ月だ」
「……一日3人を殺しても足りないな」
「そうさな。一日4人殺るしかないな」
クロネコは自分のこめかみを揉む。
こんな無茶苦茶な依頼を達成できるとすれば、確かにクロネコをおいて他にはいないだろう。
それがわかっていても、頭痛がしてきた。
「そう嫌な顔をするもんじゃない。なかなかの報酬が用意されている」
「……聞こうか」
「前金で王国金貨10000枚」
「ほう」
「成功報酬で、更に10000枚」
クロネコはしばし考える。
暗殺100件分と考えれば、決して高くはない。
しかし一括で手に入る報酬と考えれば、そう悪くもない。
何よりクロネコには目的がある。
金はいくらあっても足りないのだ。
とはいえ、このままギルドマスターの言いなりになるのも癪だ。
「成功報酬で、金貨20000枚もらおう」
「待て、それはギルドの取り分がなくなる」
「なくなりはしないだろう。依頼主と交渉して、報酬の額を上げてもらえよ」
「しかしだな……」
「不満なら、他の連中を10人くらい集めて任せればいい。俺なら一人でやれるから、まだ割安だと思うがな」
「……」
ギルドマスターは思案するが、そもそも選択の余地はないのだ。
隣国リンガーダは決して友好国ではなく、ただキャルステン王国と休戦中なだけだ。
そんな国に、10人もの暗殺者を易々と送り込めるはずがない。
手間を考えても、クロネコ一人を送り込むほうが遥かに安上がりだ。
「……わかった。成功報酬で20000枚だ」
「賢明だ」
「お前はまったく金にがめついな」
「必要だからな。それより詳細を教えてくれ」
ギルドマスターはため息をつき、話を進める。
資料などはない。
情報は全て頭に叩き込むのが、暗殺者の鉄則だ。
「まず100人と言ったが、それはおおよその数だ。別に99人だろうが101人だろうが、依頼主はそこまで頓着しないそうだ」
「対象は?」
「王都リンガーダブルグの住人だ」
「……一般人を無作為に?」
「そうだ。ああ、スラムにいるような最底辺の連中は対象外だ。浮浪者とかな」
「殺すなと?」
「殺してもいいが、数にはカウントされない」
「なるほど。他に条件は?」
「殺されたとわかるような殺し方を、してほしいそうだ」
クロネコは黙考する。
要人暗殺とは、明らかに違う。
一般人を無作為に殺すとなれば、目的は殺すことそのものだろう。
しかも、殺人とわかるような殺し方。
一つの都市で1ヶ月間に100件も殺人が発生すれば、どうなるか。
少なくとも都市の治安は大きく乱れ、住民たちは恐怖に陥るだろう。
最底辺の連中を対象外とするのは、死のうが生きようが都市への影響はほぼないからか。
一国の中心である王都の治安が乱れ、住民たちが恐慌状態になれば……。
リンガーダ王国は王都の沈静化に手間をかける羽目になり、その分、地方に目を向ける余力がなくなる。
そこまで考えて、クロネコは口を開く。
「この国のお偉い方々は、リンガーダに攻め込んで領土を拡大するつもりか……。ご苦労なことだ」
ギルドマスターは内心で舌を巻いた。
依頼一つから、依頼主とその目的を、ほぼ正確に推察して見せる洞察力。
クロネコは腕だけでなく頭も切れるのだ。
わかってはいたが、ギルドマスターは改めてクロネコが味方でよかったと思った。
「リンガーダへの入国はこちらで準備をする。それまでは待機していてくれ」
「ああ」
話は終わった。
クロネコは速やかに退室する。
それを見送って、ギルドマスターは盛大に、2度目のため息をついた。
「1ヶ月で100人か。本当に殺れるのならもはや伝説だが、さあて……」