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固有名詞が少ない世界の物語

素早い僧侶

作者: マガミ

 様々な所に足を運ぶ傭兵や探索者組合だが、その中で奇妙な話題は酒の肴に新人への戒めに、理不尽な出来事への心構えとある種の諦観を持って語られる。


 その中で、理不尽でも不利益を被るでもないが、不思議な人影の話題がある。


 曰く、怪我を負って呻いていたら、いつの間にか治癒の祈祷がかけられていた。

 曰く、迷宮で「場違いな強者」に遭遇して死を覚悟したら、次の瞬間にそいつが倒れていた。

 曰く、馬を駆って急いでいたら、物凄い勢いで何者かが追い越していった…(因みに、馬と目撃者に回復の祈祷がかかっていた)。

 曰く、貴族同士の小競り合いでいつまでたっても決着もけが人も出ない事があった。


 不思議な現象に遭遇したその中の三割ほど、索敵や偵察に優れた能力の持つ者は僧衣を着た人影を捉えていた。大陸ではありふれた、主神へ祈りを捧げながら身に受けた囁かな奇跡の力を齎す旅の修道僧の姿を。


 しかし、その顔立ちどころか性別も判らないと口を揃えて言う。

 なぜ判らなかったのかと問われると、彼らは口々にこう言った。


「僧侶さんは素早い」



 幾度か話も交わしたことがあるという野伏りは、僧侶についてこう話す。


「あの人はシャイなんだよきっと。一度お礼を”言えた”時なんか、あわあわしてそのまんま走り去ってっちまった。それでいて通りすがった先で色々見捨てられなくて、ついつい手を差し伸べるのさ。性別? さてね、フードを目深に被ってるから私も知らないよ」


 今の目標は、僧侶さんに追いついて走りながらでもお礼を言うことだ、と野伏りは強い意思を漲らせていた。



 魔法式による力とは異なり、祈祷による奇跡の力はその者の信仰心の他に、祈りに費やす時間によってその効果は増減する。


 件の僧侶が行う祈祷の力は、中位階程度であるという。ただ、祈祷の言葉を直接聞いたことのある者は、その文言がほぼ「一言程度」であったと伝えている。


「ただ一言、主神様の事も誰それをとか指定も無く、”癒やしよ”ってだけで、小悪鬼のナイフでぱっくり割れた俺の腹が元通りっすよ、ありゃー、本気だったら肉体欠損も癒せるお方じゃないすかね」



 実際の素早い僧侶その人は、領都を中心に活動する修行僧だ。


 彼は神の使徒としてはそこそこの力しかないものの、とある祝福があるため、同じ位階の修行僧より抜きん出た成果が出せる。受けた祝福は「韋駄天」。

 普通は野伏や宝狩りといった素早い動きが重視される傭兵や探索者、あるいは英雄などが持つ祝福だ。常人を超える素早さを齎すものであり、攻撃速度、移動力、反応速度、回避力、そういった要素が大幅に底上げされる。


 彼自身の受けた祝福の特異な点としては、術式使用や祈祷の際、効果発揮までの必要時間が短縮される事があげられる。術者としては並より上程度ながら、同じ時間内であればより高い効果のある術式、あるいは祈祷を用いて効果を発揮できる事だろうか。


 尚、高い効果のある祈祷は徳が足らない為、まだ要修行ではある。


 魔法式や祈祷による身体の能力向上と相乗効果を発揮するのだが、彼は少々人見知りの所があり、祈祷の力を施す際も含め、主に相手の視界からできるだけ逃れる為に使っていた。


 向いた視線からできるだけ死角に移動する、あるいは確認出来ないほど素早く移動する事で、彼は視界から逃れる。余りにも早い為、残像を残して移動できるほどである。


 素早く要救助者へ駆けつけるためにも使えるが、主な理由が「見られると恥ずかしい」という点で、なんだか微妙に能力の無駄遣いな気がしないでもない。



 領都と街や村々を結ぶ街道にほど近い場所にある丘。今、そこには数十体の魔獣の躯と、その成果の代償に大怪我を負った女性騎士の姿があった。


 本隊を大型魔獣に集中させる為とはいえ、雑魚魔獣共を誘引する術式で一手に引き受けたのは流石に団長に怒られるかもしれないな、などと彼女は失血で回らない思考を無理やり巡らせる。


 本隊から離れてしまったが、先ごろ<信号弾>の術式で救助要請を空に打ち上げ、返答の光を確認している。事ある毎に邪魔する雑魚さえ居なければ、大型魔獣とはいえ、本隊が丸のまま襲いかかれば全く危なげなく対処できただろう。一時間もしない内に救助が来る筈だ。


 だが、血を流しすぎたかもしれない。浅く繰り返す息。身体が鉛のように重たい。


 そのままであればあと数時間程で失血死する怪我だ。騎士団では標準的に叩き込まれる<傷口保護>や<代謝調整>といった、初歩的な怪我への対処の術式により彼女は命をつないでいる。ただそれも、意識を失えば術式の維持ができない。


 傷の保護や体力の維持に加え、血なまぐさいこの場所で隠れ潜む為、気配消しの術式も展開している。魔力の減衰は無いのだが、問題は複数の重ねがけだ。術式の維持に脳がフル回転するため、意識を保つのがこの上なく困難だった。


 どこからどう見ても危険な状況。だが、突発的に発生した魔獣暴走で負ったこの大怪我は、自分に油断が無かったとは言わないが彼女にとっては福音だった。


「大丈夫ですか?」

(僧侶さんキター!)


 仕事をしていればいつかはと、身の丈には合っているが幾分かは危険な任務へ何度も志願した。危険な任務も問題なく対処できるほど腕前があがってしまったためか、彼女が僧侶に遭遇する確率は下がってしまっていた。


 弱いまでも魔法式で怪我を塞いで救助を待っていたこの時、運良く通りかかってくれた僧侶。失血で目が霞んでいる中、女騎士の視界に捉えた僧侶の姿。真剣な声音で、長い祈祷の言葉を紡いでいる。


 フードの奥、目元は見えないが口元は見えた。旅をしているせいか、まばらに見える無精髭。女の視点から見れば減点ではあるが、そこは恋は盲目と言った所か、ちょっとワイルドに見えて胸が高鳴る。


 遭遇するのはこれで5度目だ。一度目は姿どころか気配も捉えられず、二度目は気配をとらえたと思ったら既に怪我は癒やされ終えて姿形も見えなかった。


 その後も遭遇時に聞こえたのは声のみ。祈祷の言葉と、傷が癒され終えた時に言われた「もう大丈夫ですよ」という声だ。同性にしては太すぎる声音。自分の耳が腐っていなければ、多分、おそらく、きっと、男性の声だ。1度目は気の迷いかと思ったが、3度目で疑念に変わり、5度目となる今回、確信した。


 私は、僧侶さんに恋をしている。


 視界が段々と戻る。身体を包み込むような暖かな祈祷の力。鉛のように重たかった身体に活力が戻ってくる。


「もう、大丈夫ですよ」


 再び聞いたその言葉。女騎士は身を起こそうとする。


 今こそお礼を、想いを。


「僧侶さ…」


 ま、と言葉を言い終える間もなく。僧侶は姿を消していた。街道の遠く、そこには砂埃を巻き上げて遠ざかるもはや点になった人影が見えた。


「素早すぎるでしょぉ!?」


 やっぱり僧侶は素早かった。


原型はかつてのROにおけるちょっとネタビルド

「AGI>INT」の「AGI支援」プリースト

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