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第九話 楽しい時間

イセリがじっとオーギュットの瞳を見つめると、オーギュットもじっと見つめ返しながら、どこか少し苦しそうな表情をした。

無言の数秒がたち、オーギュットが少しかすれた声で、話しかけた。

「・・・何でも、言って欲しい。力になりたい」

「・・・ありが、とう」


また数秒見つめ合い、それから腕の力が弱められて名残惜しそうに少し離れた。

オーギュットがふっと笑うので、イセリもふっと笑った。


幸せだと思った。

オーギュットも、私の事が、好きなのだ。


***


またお弁当が床にばらまかれていた。

イセリはため息をついた。今日はパンにジャムだから多少のことがあっても大丈夫と思っていたのに、ジャムは瓶ごとなくなっていたし、パンは踏み倒されて部分的に潰れていた。

どうせなら、そのまま持ち去って食べてくれた方がマシだ。食べ物が粗末にならないから。

ジャムだって、どうせ数日後にどこかから食べられない状態で見つかるのだろう。


すでに何度目かの事だから、イセリは諦めて腹を括って食堂に行くことにした。


***


自分が穏やかに過ごせそうな席を探そうと思って広い食堂を見回すと、まるで引き寄せられるようにオーギュットを見つけ、その瞬間、オーギュットの方もふっとイセリを見つけた。

遠方の窓際の良い席から、オーギュットは嬉しそうに笑い、食堂にいる使用人の人を呼び、指示を出す。

見ているうちに、その使用人は真っ直ぐイセリのところにやってきて、オーギュットのいる席にイセリを案内した。


「丁度注文をしたばかりなんだよ。きみさえ良ければ、一緒にどうぞ」

「え・・・っと」

さすがにイセリは迷った。

食堂の一等席。

オーギュットだけならまだしも、オーギュットのお友達の人たちも一緒だ。彼らは無言ながら穏やかな顔をしている。

その間に、円形のテーブルの間に、椅子が一つ運ばれてきた。素早くセッティングもされていく。食堂の人が、椅子を引いてイセリが座るのを待っている。


周囲がイセリたちの様子に注目しているのが分かる。

ざわざわしていた食堂が少し静かになっている。控えめだけれど確かにあった食器の触れ合う音が止んでいる。


オーギュットが、イセリに期待しているのが分かる。とても嬉しそう。


どうしよう、と思いながら、イセリは赤面して、すすめられているまま、着席した。

静かなところで食べるはずだったのに。

オーギュットが、量を確認しながら、イセリの分を頼んでくれた。


周囲がざわめいている。分かっている。また風当たりが強くなりそう。


オーギュットが上機嫌でイセリに話しかける。

オーギュットのお友達たちとも、会話を交わす。柔らかな表情で、安心した。


皆の食事が緩やかに運ばれてくる。

一緒に食べて、話して、笑う。


楽しい。とても、幸せだ。


イセリは、自分がこんな時間を切望していたと自覚した。

楽しく、皆で、一緒にいる。


私は、寂しかったらしい。


***


偶然オーギュットと食堂でお昼を食べる事になって以来、ほぼ毎日のようにイセリはオーギュットと食堂でご飯を食べることになった。

初回に、「また明日もね」と言われて、それが続き、当たり前になっていったのだ。


オーギュットと二人だけの時もある。お友達が忙しい時だ。

たまにオーギュットが来れない事もある。オーギュットのお友達たちと一緒に食べるけれど、どうしても寂しい。


***


いつものように楽しい食事の時間を過ごし、食後の紅茶を飲みながら談笑していた時だった。

窓の外に広がる庭園の、遠方に何かがチラと映った気がして、イセリはふとそちらを見た。


あ。と思った。


何人かの貴族令嬢たちに囲まれている。中心にいるのは。

オーギュットの、婚約者サマ。ユフィエル。


学校に、出てきたんだ。


「イセリ? 何を」

オーギュットが、イセリの目線の先に気がついたらしく、声をかけながら庭園を見て、言葉を止めた。

オーギュットは無言になった。


イセリはハッとオーギュットを見た。

表情を消した仮面のような顔を見て、イセリはゾクリとした。冷たかった。


イセリが見つめているのにすぐ気づいたオーギュットは、まるで春が来たように優しく笑い、

「・・・今日のお昼もなかなか良かったね。さぁ、そろそろ移動しようか」

とイセリを含めて皆に促した。


頷きながらオーギュットに従う。

オーギュットの表情はいつもの柔らかくて、イセリはホッとした。


「私がついている。頼りにしてほしい」

イセリにだけ囁かれた決意のような声に、イセリは「うん」と頷いた。


オーギュットにとっても、お姫様は警戒する相手になっている。

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