第八話 三角関係
「ユフィエル様と、オーギュット様、婚約者同士だって、知ってるよね」
「え・・・うん」
何を今更、そんな事を。
「イセリちゃんのやってる事、良くないよ。どうして止めないの?・・・嫌がらせだってされてるだろ? あれ、貴族からの警告だよ」
「何が悪いっていうの?」
イセリは眉をしかめて尋ねた。
「私、あの人の事が好きなの。・・・向こうだって、そう思ってくれてると思う。婚約者って鎖みたいだわ、あの人が可哀想!」
イセリが感情を高ぶらせて小声ながらもキツイ声音を出すと、エネリくんは渋い顔をしてイセリを見た。
「・・・イセリちゃん、頭を冷やした方が良い、」
エネリくんはイセリに何かを説き伏せようとした。
「知らない!」
イセリは聞かずにその場を離れた。
身分違いの恋だって言われるのは分かってる。でも、今そんな常識的な説教など聞きたくない。
足早に図書室を出たイセリは、人の来ない建物の影を見つけて、一人で悔し泣きをした。
分かっていた。
皆、応援してくれない。
嫌がらせされるからだ。巻き込まれてしまうからだ。
それは、イセリが平民だからだ。
「貴族様なんて大っ嫌い」
イセリは誰に聞こえない場所で、誰にも聞こえない小声で言い捨てた。
・・・でも、オーギュットだけは別。
貴族だけど、あの人は王子様だから。普通の貴族じゃない。だから、とても平等な人なんだろうと思う。
イセリはグィと涙をぬぐった。
平民だからって、貴族になんか負けない。せっかく向こうもイセリの事を見てくれているのに、そんな事で諦めるなんて。
大体、変だ。
人は広く優しくとこの学校でも言うくせに、実際は身分によって扱われたり認められたりが変わってくる。
イセリが貴族だったら、きっとこんな風にはならなかった。
・・・違う。
知っていた。
あの、ユフィエル様が、いるからだ。オーギュットの婚約者として。
イセリはまた悔しくなった。
何よ。もう、オーギュットはあなたのこと、あまり好きじゃないのよ。
だって、あんな怖い態度なんだもの。いくら身分の高い貴族だからって、あんな人じゃ愛想つかされるに決まってる。
それって、お姫様がお高くとまってるせいじゃない。
とばっちりだ。
お願いだから、婚約なんて取り消して欲しい。
どうか、彼を自由にしてあげてよ。
彼には、あなたみたいな人、ちっとも似合わない。
***
イセリはさすがに参っていた。
嫌がらせは続いている。
いくら気が強いイセリでも限界が来ていた。
支えてくれる友達は、巻き添えを避けるために離れていったから、イセリは一人だ。
巻き込むのはイヤだから、それは仕方ないし、割り切るしかないのだけど。
一体誰の仕業だろう、と、イセリはばらまかれたお弁当を見ながらそう思った。
最近、食堂では、皆が楽しそうに話している中で、一人で一皿ずつ出される料理を黙って待って食べるのが嫌になっていた。お弁当なら、静かな暖かな場所を選んで食べることができる。
無言でしゃがんでばらまかれた中身を拾っていると、背後から「良い気味」などと囁く声が聞こえる。
貴族様だ。嫌がらせをしておいて、イセリの無様な姿を仲間で見ながら悪口を言うのが趣味らしい。悪趣味。
「ユフィエル様に酷い事をするからよ」
と、誰かが言った。
イセリはそちらに背を向けたまま、キュっと唇を噛んだ。
絶対、負けない。
明らかに、貴族たちは、ユフィエル様のためにと動いていた。
・・・きっと、あのお姫様の配下の人たちなんだろう。
イセリは歪んだ笑みを浮かべた。負けたくなかった。
なんて、やる事が、子どもっぽいんだろう。あのお姫様。
***
イセリの元気が無い事に、オーギュットが気づいた。
努めて明るく振る舞っていたのに、王子様は見抜いてしまったのだ。
それでもイセリは笑って何でもないとごまかそうとした。そうしないと笑顔が保てない。
オーギュットは痛ましそうな顔をしてイセリを見つめ、
「・・・人に聞かれたくない悩みがあるんだね」
とまるでイセリの心の中を覗いたように言うので驚いた。
イセリの反応に、オーギュットは確信を持ったようだった。
「・・・ひょっとして、嫌がらせが続いている? 酷い?」
カァっとイセリは赤面した。言う気が無かったのに、心の中にしまい込んで笑顔でいたかったのに、見破られてしまったから動揺したのだ。
「・・・休学してるから、嫌がらせは止むと思ったのに、収まってないのか」
オーギュットが憂い顔でそう呟き、ふっとイセリの頭を抱く様に引き寄せた。
休学してる? 誰? 犯人を知ってる?
そうイセリは思ったが、王子様の行動にそんな事はどうでも良くなった。
オーギュット! 私を抱きしめてる!
オーギュットはそのままの体勢で、懺悔した。
「・・・ごめんね。私の力が足りなくて」
イセリを抱える腕に少しだけ力が入る。ドキドキした。
ずっとその状態でイセリがふと顔を上げてオーギュットを見ると、辛そうな、それでいてイセリを乞うような表情の彼がいた。
「・・・イセリ」
ふっと顔に影が落ちてきて、柔らかい感触が唇に触れた。
キスされた、とイセリは知った。