第六話 秘密の会話
廊下で並んで歩きながら、二人にしか聞こえないよう気を付けた音量で、話をする。
「ああ、でも」
と、呼び捨てを許可してくれた王子様が悲しそうにした。
「私はこれでも、国の王子だから、人前で呼び捨てはさすがに問題だと思う。だから、できれば呼ぶのは二人の時だけにしてもらえるかな」
イセリはパァっと赤面した。二人で話をすることを、想定してくれている返事だと思ったからだ。
「はい!」
「私は何と呼べば良い?」
からかうように尋ねてくる。
「あ、あの、じゃあ、私も呼び捨てで! イセリ、で!」
「うん。そうしよう」
王子様が、満足そうに笑った。
「それで、相談があるんだろう? 人に聞かれたくない話かな」
「・・・はい」
「だと思った。この部屋を使おう。王族専用の部屋だから、誰も勝手に入ってこない。どうぞ」
王子様が、立派な扉の前にイセリを案内し、傍にある台座の石のあたりで操作をした。
カチャン、と扉のカギが開いた音がした。
***
通された部屋は、今は王子様専用の部屋らしい。
模様が細かくフワフワの、イセリにも絶対これ高い、と分かるほどの上質なソファーに案内される。
テーブルの上には、フルーツが盛られているカゴがある。
「どうぞ」とそのフルーツを勧めながら、イセリの正面に王子様が座る。
「それで? 授業の事もあるから、あまり長くは聞けないけど。何か私に力になれることだろうか」
真剣な顔で、王子様が尋ねてくれた。
イセリは、勇気を出した。話した。
貴族から、嫌がらせを受けている事。それは平民の友達にまで及んでいる事。
実は悔しかったらしくて、オーギュット様を前に話しているうちに、イセリは涙目になっていた。
ブルブルと身体が怒りで震えそうになるのを、両手をギュっと握って抑えようとする。
その手を、オーギュット様が包んだ。
イセリは驚いて目を上げた。
正面に座っていた王子様は、イセリの様子に、席を立って傍に来てくれて、あろうことかイセリの手を包んでくれているのだ。
「それは・・・辛い思いを。・・・申し訳ない」
オーギュット様の方が、酷く辛そうな顔をしていた。
「あなたが、そこまで、辛い目にあっているなんて・・・私が原因だと、思う」
え・・・。
イセリはじっと王子様の様子を見ていた。
身体の震えは、収まっていた。
「・・・私が原因の嫌がらせだったら、あなたは私を嫌うだろうか。イセリ」
少し、切なくなるような瞳で王子様が言った。
イセリの頬に熱が集まった。
ひょっとして。ひょっとして。王子様も、私をちょっと、良いと思ってくれていたりする?
だが、瞬間、あの冷たい令嬢の事が頭に浮かんで、イセリはそれは振り払うように頭を横に振る。
ふっと、王子様が安心したように息を吐くので、イセリは慌てた。
「あ、待ってください、今のは、違って・・・」
「違う? では・・・」
王子様が、目を見開いてから、キュっと悔しそうに口を結ぶ。
あれ、やはり勘違いでは無くて、私は好かれているかも、しれない、かも。イセリはドキドキした。
「あの、あの、お姫様、婚約者、なんですよね」
突拍子もない質問に、オーギュット様は驚き、イセリをじっと見た。
「そうだね。・・・気になるのかな?」
「えっ、あの・・・はい」
正直にイセリは頷いていた。
オーギュット様は探るような目をした。
「それは、どういう意味で、気になるのかな。・・・嫌がらせの事で?」
「あ、いえ、あ、それも確かにあるんですけど」
と言ってから、さすがにイセリはまずい、と口を閉じた。
確証もないのに、王子様相手に今の発言は良くない。
あのお姫様は『オーギュット様にこれ以上つきまとったら考えがある』なんてケンカを売ってきた人だ。でも、婚約者。
間違っていたら自滅する。
口を閉じたイセリに、王子様は追及を諦めなかった。
「・・・そう。では、何を気にしているのかな。イセリ。教えてほしい」
じっと真剣に自分を見つめている。イセリの胸は高鳴った。格好良すぎる。
「あ。あの。あの」
聞きたい。でもさすがに勇気がいる。
婚約者なんですよね、最近仲が悪いのですか。どうなのですか。私にチャンスはありますか、なんて。
ゴクリ、とイセリは唾を飲みこんで、このように言った。
「ああぁあの、オーギュット、は、あの人を、好きなんですか?」
オーギュット様は少しだけ驚き、すぐに嬉しそうに笑った。
イセリの真っ赤な頬を人差し指で撫でて、王子様はこう言った。
「・・・昔はね。今も婚約者ではあるけれど。・・・きみの方が可愛いね、イセリ」