第13話 宰相パスゼナ様
ケルネは、ピシっと制服を着て、ピシっとした顔になるように、声を上げた。
「お怒りをご承知で、心の内を打ち明けます」
その言葉に、パスゼナ様の眼がケルネを見定めるように揺れた。
「私の幼少期に、次姉のイセリは出て行きました。けれどそれまで、次姉は私にとても優しく、明るく、笑っていてくれました。大好きだったのです。ですから、今も・・・皆様に多大なご迷惑をかけた事を家族として心からお詫び申し上げたいと思うと同時に、一方で、私は、幼少期の幸せな思い出の中心にいる、次姉を未だに慕っています」
パスゼナ様が、少し首の角度を戻す。面接開始から、少し首は傾けられていたのだ。それが今、パスゼナ様が真っ直ぐにケルネを見ている。
黙ったままのパスゼナ様に、ケルネは静かに冷静に、そして率直に、先に答えた。
「偽りを述べて職についたところで、きっといつか破綻すると思いました。ですから正直にお話しようと思いました。これでダメならば仕方がありません・・・ただ、姉への家族としての愛情や好意と、王家や貴族の皆様への感謝の気持ちは、私の中で両立しているのです」
「・・・ケルネ=オーディオ」
パズゼナ様が、身を起こした。少しだけ目を伏せ、またケルネを見る。
「オーギュット様についてはどう思っている。王家については。王宮にどのように勤めるつもりだ」
「・・・オーギュット様は、お会いした事があります。けれど、私の考えなど及ばない方だと思いました。意見などとても申せません。また、王家、つまり国王陛下並びに王妃様については・・・お心を害すことは本意ではございません。私が両陛下の視界に入るなどあってはならない事です。私がこのように、この場にいれるのも、両陛下の治世だから叶うのだと思っています。感謝しております。私は、貴重な学園生活で伸ばした能力を、陰ながらでもお役に立てることができればと願っています。国を仕える事で感謝を表したいのです。誠心誠意励みたいです」
まぎれもない本音だ。
国王陛下がルドルフ様で本当に良かったと思っている。オーギュット様が国王陛下だったらなんて怖いからだ。ただしこれは口に出せない。
パスゼナ様はじっとケルネの様子を見つめてから、ふぅとまたため息をついて、少しだけ穏やかに口角を上げた。
「きみの姉、イセリ=オーディオの行方を探そうという魂胆が見えるのだが? 希望の職についたとして、私用での調査は厳禁だ」
「・・・自然と入ってくる物事に、姉への手がかりを期待しているのは事実です」
「国の基盤を揺るがした者を探してどうする」
「・・・家族です。無事でいるのか、せめて知りたいのです。何も・・・分からないので・・・」
「危険思想だな」
「・・・」
ケルネは思わず口を引き結んで少し俯いてしまった。
そう判断される可能性は十分承知していた。でも、正直に言わないわけにもいかなかった。全てを承知の上で採用されなければ、いつか大問題になるのも分かるのだから。
「まぁ良い。採用だ」
「え」
驚いてケルネは顔を上げた。
宰相パスゼナ様は、どこか企むようでいて、どこか親しみを感じさせるような笑みを浮かべていた。
「王宮内で監視するのが丁度いい。能力も発揮してもらえることだから一石二鳥だ」
「あ、」
ありがとうございます、と声を上げる前にパスゼナ様が目を細めて書類と推薦状を見るようにして、存在をケルネに示して見せた。
「『努力は尊ばれるべき』。なるほど。きみは二番目の姉とは違い、友好的な関係を学校で築いたようだ」
あぁ、貴族の皆様の、おかげなのだと、ケルネは感じた。
皆様が認めてくれたから、力になってくれた。それを、宰相様が取り上げてくださるのだ。
「確かに、姉妹だ家族だというだけで、等しく不遇とするには惜しい」
ケルネの努力を評価してくれる。
立身出世だっていって、マルクもいてくれて、だから一生懸命、就職を目指して勉強した。他の皆がのんびり休憩されている時間も、一生懸命予習して復習して、何が何でも成果を出そうと頑張った。
ケルネは間違っても天才でもない。凡人だ。
だから、かけた時間が差をつくる。ひたすら取り組んだ。その時間差が、能力差として目に見える形になったのだ。
その努力を、認めてもらえる。
ケルネの中に感動が湧き上がってきた。
不平等だって思ってた世界は、一方で、優しくもある。
「おめでとう、ケルネ=オーディオ。採用だ。胸を張り皆に報告すると良い。多くの友好関係を築いた者たちと教員に感謝し、能力を存分に王家に捧げるように。ただし、身分をよくわきまえるよう。決してお前が優秀だから採用に至ったわけで無い。その他の引き立てがあったからだ」
「はい! ありがとうございます!」
ケルネは勢いよく頭を下げて礼を言った。
「実力のある者は大歓迎だ。よく働け。・・・お前の姉が降り注いだ汚名を、お前の努力でコツコツ挽回してみせろ」
その言葉に驚いた。頭を下げたまま、ケルネは目を見開いて一瞬言葉を失った。そんな肯定的な言葉をかけてもらえるなど、思いもしなかったからだ。
「有難う、ございます! 誠心誠意、王家に、皆様にお仕えいたします!」
必死で礼を告げる。
顔を上げれば、パスゼナ様は苦笑していた。
「・・・不出来な姉を持って苦労したな」
ケルネはどうやら、それを不満に思ったのを表情に出してしまったらしい。
「・・・それでも家族とは」
パスゼナ様はケルネの表情を咎めることはしなかった。一瞬、どこか遠くを見るようにケルネを見た。
パスゼナ様は、イセリちゃんの行方を、ご存知なのではないだろうか。
ケルネは直感した。
そうに違いないような、気がした。
なら、きっと、ケルネがいくら求めても、その情報はケルネの元に訪れることはないのだろう。
「・・・」
もしかして。いつか、教えてもらえる日が、あるだろうか・・・?
退出の時に、まるで今思い出したかのように、声がかけられた。
「いつまでたってもガサツで居続ける兄に、付き合ってくれているらしいきみのお姉様にもよろしく伝えておいてくれ。いずれ祝いの品を贈りたい、と」
ケルネはキョトンとした。なぜ今、なぜケルネにそんな伝言を。
分からないが、とにかく丁寧に礼をした。
「有難うございます。姉にそのように伝えます。喜ぶでしょう」
ひょっとして、宰相パスゼナ様は、イセリちゃんと、ウイネお姉ちゃんやケルネたちを、切り分けて考えてくれようとしているのかも、しれない。
家族だけれど、違う人間なんだと。
ところで帰り道に、ケルネは姉夫婦の屋敷を訪問して、姉に面接の様子と就職OKの言葉を貰った事、そして最後の姉への伝言を伝えた。
ちなみにジョージ様は新しく入手した斧の威力を確かめるため、森に伐採に行っておられた。姉も誘われたのを、ケルネが来るはずと姉は屋敷に待っていてくれていた。ちなみに、予定が無かったら森についていっていた様子の姉の順応力を尊敬した。
後日、姉夫婦の元に宰相パスゼナ様からの祝いの品々が届いたらしい。
姉夫婦はやっぱり認められたようで喜んだようだ。




