第11話 ご縁
翌日。
授業前、教室にいる二人に、靴音が近寄ってきて、見れば別のクラスだが同級生の平民のピーターが立っていた。ちなみに昨年、学校二年目の時は同じクラスだった。
「これ、うちで焼いたパン。俺も焼いてる。やるから食べろ。焼きたてだから」
「え」
マルクに差し出された紙袋を、マルクが受け取る。
紙袋をカサリとあけると、ふわりとパンの香りが漂った。
「すごい、まだ温かいしこんなに沢山! ありがとう、ピーター!」
「まぁな。ケルネも食べて」
「え、うん、ありがとう・・・」
渡すものを渡して、ピーターは去って行く。
「・・・どうしたんだろう」
ケルネが呟くと、マルクは嬉しそうに笑っていた。
「激励だよ。ピーターからの」
パンはたくさんある。
他の人におすそ分けしよう、と思ったら、後から教室に入ってきて状況を知らなかった貴族令息が調子に乗って紙袋ごと取り上げてマルクたちはオロオロする羽目になった。
「止めなさい! 人が好意で贈ったものを取り上げるなんてっ!!」
武官系の家柄の貴族令嬢が叱って袋を取り返してくれた。驚いた。
謝られた。一つずつマルクとケルネが貰い、残りは興味ある者が食べた。ワイワイ楽しくなった。
騒ぎが気になって戻ってきたらしいピーターが廊下にいて、驚いた。
ごめんねとマルクが急いで事情を話しに行っていた。
笑っていて仲良さそうだった。
マルクが廊下のピーターのところに行ったので、ケルネは一人で教室にいた。
昨日あんなことがあって、最後はもうぐちゃぐちゃでどうして良いのか分からないほどだったのに、ここにちゃんと自分の居場所が残っている事が不思議だった。
自分は馴染んでいた。
違う、迎えられていた。
どうしてだろう。
イセリちゃんは、皆から嫌がらせをされたと聞いている。
ケルネは、ごく普通の一般顔で、昨日あんなことがあったのに、むしろ皆が労わってくれている気がする。
勉強に励んだからか。
それとも、イセリちゃんは一年も経っていない状態だったけれど、ケルネは二年が過ぎ、つまり三年目に突入しているから皆が認めてくれたのか。
違うよね、とケルネは思った。
ケルネには、マルクがいてくれたからだ。マルクがいてくれたから、勉強だって頑張って来れたし、悩みも聞いて貰ったし、昨日だって一生懸命助けてくれた。
ケルネと一緒にいるとマルクも嫌がらせされる可能性が高かったのに。
ちなみに、初めに聞いていた「ちょっとした未練」は次に「ちょっとした使命感」になり、そのうち「ケルネとなら色んな話しできるから」になっていた。
ケルネはマルクに心から感謝した。
***
「オーギュット様かぁ。私、今回でルドルフ様が国王陛下で本当に良かったと思った・・・」
二人だけになれたある日。
マルクとケルネはしみじみした。二人きりの時にしかしてはいけない発言のオンパレードだ。小会議室にしっかりカギをかけて、部屋の中央によってヒソヒソと話しあう。
「イセリちゃん、ずっとオーギュット様を待ってたんだけど・・・なんか別の人と結婚してくれてるなら、それで良かったと思っちゃった・・・」
ケルネの言葉を、マルクはフっと鼻で笑うようにした。
マルクは椅子で片足を組み、そこで頬杖をした。
「・・・本当は結婚できたかもしれないけど、無かったんだろうね」
そんな不思議な事を言う。
「二人が結婚してたら、国中が祝った。音楽とか盛り上がって何度聞いても良いなと思う曲。王家と平民の結婚だけど、皆がおめでとうって祝福する。鳩だって祝いで空を飛ぶぐらい」
マルクが目を閉じて昔を思い出すように言うのがおかしかった。夢を見ているみたいだ。ケルネはおかしくてクスリと笑った。
でも、そんなことには、ならなかった。
イセリちゃんは、受け入れてもらえなかった。さんざん嫌がらせを受けた。
それはつまり、イセリちゃんに責任があったのだろう。
恋などできる環境になく恋を知らない自分には、想像つかない事も多いのだけれど。
ただ、あの時マルクが言ったことは、結局真実だったのだ。
イセリちゃんは、悪かった。イセリちゃんは、オーギュット様とでは幸せになれなかった。
・・・オーギュット様については、もうケルネの理解の限界を超えている。
元王族だから、きっとケルネに理解できるわけがないのだろう。
***
恋と言えば。ウイネお姉ちゃんに、縁談があった。
チェルシュ様に、ウイネお姉ちゃんの希望として『お嫁にいきたい』と率直に書いた紙を渡した結果だ。
ウイネお姉ちゃんの行き遅れ状態に、貴族のご令嬢方はケルネが驚く程に心を痛め、憤慨した。
彼女たちの働きかけで、ウイネお姉ちゃんは、丁度10年上の独身貴族様に紹介されることになったのだった。
ついでだが、イグザお兄ちゃんの方は、
「ご結婚相手が貴族令嬢と言うわけにも参りません。お店の立て直しには協力させていただきますから、ご結婚相手の方は自力でなんとかしてくださいませ」
と言われている。
ちなみにウイネお姉ちゃんに紹介されたのは、宰相パスゼナ様の実兄のジョージ様だった。
パスゼナ様とは水と油の仲というのが非常に心配だ。
ただ、ご令嬢の方々が選んできてくださったお話だから、きっと考えての人選なのだろうと信じないといけない。
ちなみに、ウイネお姉ちゃんがジョージ様に2回目に会う時に迎えに来てくれた人がいうのには、『3回会ったら結婚了承』となるらしい。
貴族って大変だな、そんなルールがあるんだな、と、状況をご報告している時に貴族令嬢の皆さんにお伺いしてみると、皆様急に無言になった。
だが、ウイネお姉ちゃんも『もう今しかない、これしかない』とか自己暗示のように呟いているからそっとしておこうという結論になった。
貴族の家にウイネお姉ちゃんが嫁いで大丈夫なのかと心底心配になったが、ジョージ様は変り者らしい。
そもそもご実家は、中流ランクの貴族とのことで、パスゼナ様が実力を認められて宰相に取り上げられた。だから、ジョージ様でなくパスゼナ様が実家の後継者になった。
色々こじらせているのではないかと心配だ。宰相パスゼナ様とは絶対に敵対しないでいてほしい。
そもそも性格が合わないらしく、ジョージ様は勝手に馬であたりを駆け回るような人らしい。
皆さまが言うには、貴族のご令嬢の方がどうしてもお断りしてしまうガサツなお方で、ご実家も、パスゼナ様がいるからもうジョージ様は好きにさせろ、と言っているらしい。
だから、ウイネお姉ちゃんさえ無理でなかったら会ってみたらいかがでしょう、というところからの紹介である。
半ば貴族命令のような縁談で、青ざめながら必死でお会いしてみたウイネお姉ちゃんによると、筋肉ムキムキの人らしい。そして酷く面倒くさがりで待つのが嫌いな人らしい。自由でいたい人らしい。
本当に大丈夫かと思うけど、ウイネお姉ちゃんももうすでに『まぁいいやどうでも』と思ってしまったらしい。よく分からない。
ちなみに、勿論ウイネお姉ちゃんにも拒否権はある。
「ダメもとでやってみることにする」
とウイネお姉ちゃんは投げやりに言っていた。
そんなわけで、なんだかウイネお姉ちゃんは結婚しそうである。




