第9話 オーギュット様の宣言
オーギュット様が少し寂しそうな表情で、けれどやはりわずかに微笑んでいる。
ケルネを見ているが、ケルネを通してイセリちゃんを見つめているのだろう。
「ありがとう。礼を言う。ケルネ=オーディオ」
少しだけ首を傾けてオーギュット様が穏やかに言った。今、完全にケルネこそを見ていた。
「つきあわせて悪かった。だが満足だ。宣言通り、咎める事も無い。・・・マルク=フレイユ。顔を上げて立つように」
ケルネの隣のマルクが言葉に従いながら、緊張感を持ったまま立ち上がって、ゆっくりゆっくりオーギュット様に顔を上げる。
「ケルネ=オーディオは私の言葉に従い偽りなく述べた。発言全て問われる事はない。許す。マルク=フレイユは、平民でありながら身につけた礼儀作法への努力を尊び、非礼と思われた行動と発言を許す」
ケルネに言ってから、オーギュット様は次にマルクに視線をうつして言葉をかけた。
ケルネとマルクは無言だった。マルクが頭を下げるので、ケルネもならった。
もう一度頭をあげてオーギュット様をみると、まだケルネたちの様子を薄ら微笑むように見守っている。
私は、やはりオーギュット様が大嫌いだ。と、ケルネは思った。
すると、オーギュット様が、まるで心の内を読み取ったかのように、笑みを深くした。
グルリとオーギュット様が空を仰ぐように周りを見回す。その動きにつられて、ケルネもマルクも辺りを見る。
近くの建物の窓が開いている。今日は良い天気だからほぼすべての窓が開けられている。
慌てて窓から離れて身を隠す者の残像が見えた。
・・・多くの人が、今の様子を見ていたんだ・・・。
少し視野を広げればすぐ分かる事なのに、完全に気づいていなかった。
ケルネの顔が強張る。
これでは、公開処刑と同じだ。オーギュット様に罵詈雑言を叫んだ馬鹿オーディオ家として。
だから、マルクは、あんな礼までとった。あの礼に至る前に、必死に、ケルネに謝らせようとしたのだ。
本当にごめん、マルク。
どうしよう。せめてマルクを・・・。
「当事者である私が責められるべきだったのに。なぜ当事者でない平民の家族が、今も責めを負っているのか。正しくは私に向かえば良いものを、弱い立場が虐げられる」
オーギュット様が、建物の方を仰ぎ見ながら、明瞭に話す。よく聞こえる通る声だと思った。
「私の求婚を断ったからと、冷遇するなどおかしな話だ。私が正直にと述べて正しく答えられただけなのに。褒められこそすれ、罰するものではない。そもそも、この状況は私が望んで起こりえたのだから」
言葉の行方を聞き逃すまいと集中しているケルネたちに顔を戻す。
声の質が変わる。声の明瞭さが和らぎ、普通の会話のようになる。
「詫びさせてもらう。つきあわせたこと、申し訳なかった。私ときみの姉君との間の不始末なのに。・・・きみが私を許す必要はない」
それから、また通る声で告げられる。
「褒美を与えよう」
褒美なんていらない、とケルネは瞬間に思った。
「私の求めに応じてこの場に臨んだことに褒美を与える。それは『誓約』だ。私は今後一切、ケルネ=オーディオとその家族の前に姿を見せない。全ての者に誓う」
「・・・」
それは確かに切実な望みの一つではあるが、本人から言われるのを不満に思った。こちらが要望を出しての言葉ならいざしらず。
だが相手は元王族。こちらから『近寄るな』などいえるわけはない。
とはいえ、わざわざ目の前で誓約してくれなくても、勝手に誓って勝手に消えていてくれればいいだけだとケルネは思った。
こんな本心を口に出せばさすがに許してもらえないだろうけど。沈黙は美徳。
ケルネは無言で、表情にも出ないように努めた。
しかし何かが漏れ出しているのだろうか。オーギュット様がおかしそうにわずかに苦笑した。
ケルネはムッとしたが我慢だ。
それよりも、この度の事を、マルクの事も含めて完全に不問にしてもらわなければならない。それはオーギュット様のさじ加減一つだった。
「私に見守られて前途を祝福されるのは嫌だろう。だから私は何もしない」
ゾッとした。返って怖かった。陰で何かするのじゃないか。
お願いだから、本当に、私たちに分からないところで善行を積んでいて欲しい。
もうこれから絶対関わりたくない。何かを手配されて、恩義を感じなければならないなんて、いやだ。
そんなケルネをおいておいて、オーギュット様がまた顔を空にあげた。
「だが、まだこの者たちが冷遇されるなら、即刻改善されるべきだと強く思う。改善のために権限を振るう事はやぶさかではない」
ケルネとマルクは思わずチラと目を見合わせた。
マルクはあっけに取られていた。
ケルネは、事態が良く呑み込めていない。
二人はすぐに、オーギュット様に目線を戻した。
オーギュット様はひょっとして、イセリちゃんとの恋に始末をつけに来たのだろうか? そして、オーディオ家への冷遇をするものに苦言を呈しに来た?
だとしても、ものすごく我儘で一方的な行いだ。それとも、王族・貴族はこれが当たり前なのだろうか。
ケルネにはもう分からない。
どうしよう。学校で勉強して良い就職先、つまり貴族に仕える事ができればと思ってきたが、自分に務まるのだろうか今更酷く不安になってきた。
これが貴族の普通なのだというのなら、理解できない。いつか自分は不興を買ってまた店と家族に大打撃を与えるに違いない。
どうしよう、進路を見直した方が良いのだろうか・・・。
皆さま読んで下さり有難うございます。ここまで書き進める事ができたのは皆さまのお陰です。大感謝です。
一方で、怒りを感じるのは作品的にごもっともなのですが、ただ、ご感想欄、単語を選んでいただければ…(色んな方がご覧になる場所なので)と思うところがありまして…。(作者判断ではありますが)
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