第五話 勇気をもって呼び出しをする
勇気を出して、イセリはオーギュット様の所属するクラスを訪問した。
王子様のいるクラスは、平民が混じっているクラスとは扱いが違う。貴族の中でも突出した貴族の者ばかりが、学年は異なっても同じクラスにまとめられている。部屋も上階にあるし、廊下も他の所よりフワフワの絨毯がひかれている。
緊張しながら扉を開けると、部屋の中の人たち全てが一斉にイセリに目を向けて、イセリはくじけそうになった。
駄目、ここまで来たんだから、目的はちゃんと果たさなきゃ!
己を叱咤激励して、イセリは、やはり驚いたように自分を見ている王子様を見つけて目線を合わせ、できる精一杯の笑顔と共に「オーギュット様、あの、お話が、あるのです」と告げた。
教室の空気がピリっとした。
あのお姫様が、まるで血の通っていない人形のように冷たい顔でイセリを見つめていた。
正直怖い。
「分かった。行こう。余程のことがあったのだろうから」
オーギュット様が柔らかい声で皆に聞かせるように言ってくれて、安心させるようにイセリに微笑んでくれた。
ほっと安堵した。
やっぱり私はこの人が好きだと、イセリは思った。例え王子様でも。
「おい、オーギュット」
イセリの傍に来てくれた王子様に、クラスの人が声をかけた。
「よせ」
と言ったのは、顔をしかめた男性だった。男性は、チラ、と窓際の冷たいお姫様を気にするそぶりをみせた。
イセリはその動きで、再びあのお姫様に目を遣った。
イセリはゾクリとした。
丁度風が吹き込んできて、カーテンが室内に流れるように柔らかく動いていた。そのカーテンに包まれるように、まるで表情の無いお姫様が、たたずんでいた。
怖い、と思った。
怖い。まるで人じゃないみたい。優しさとか、何も感じられない。冷たいとか温度さえもう分からないような。
王子様は呼びかけとその男性の動きに、やはり窓際の表情の消えたお姫様を目にして、少し嫌そうにした、ような気が、傍にいたイセリにはした。
あれ、王子様とお姫様、うまくいってないの? とイセリは思った。
良い気味だ、なんて思ってしまったのは仕方ない。王子様は優しいのに、お姫様は酷く冷たい人なのだから。
「大丈夫。何も心配いらない。ゼク、私が過ちを犯すとでも?」
「・・・私は、心配して、申し上げているのです」
先ほどは気軽に王子様の名前を呼び捨てたくせに、妙に改まった口調でその人は返事をした。表情だって硬い。
「心配は不要だ」
「・・・それでは、」
言いかけて、その人は悔しそうにして無言になった。じっと押し黙った。
妙な沈黙が、部屋を支配していた。
「ごめん。大丈夫だから。行こう、話があるんだろう? 何かの相談?」
「え、あの、はい、そうです・・・」
「だと思った。こんなところまで、そんな必死な顔して来るのだから。・・・見捨てられるはずないよ」
廊下に出ることを促されながら、イセリは王子様の言葉にドキっとした。『見捨てられるはずないよ』だなんて。素敵すぎる。
イセリの不安を察してくれているのだろう。オーギュット様は、安心させるようにふわりとイセリに笑ってみせてくれた。
緊張しながらも、イセリは高揚していた。王子様と上質な廊下を、並んで歩いている。
廊下で打ち明けるわけにはいけない悩みを相談するので、イセリは廊下では全く違う気軽な話題をすることにした。
「オーギュット様は、クラスの人たちに呼び捨てにされているんですか?」
「ん? あぁ、そうだね」
王子様が、興味を引かれて笑顔を見せる。会話を楽しんでくれている雰囲気がした。
「それって、お友達だからですか?」
「あぁ。学校では、親しい人にはそう呼んでもらえると楽しいだろうと思って。どうせ卒業したら身分に縛られるのだから。ここでは、それに影響されない関係を築きたいと思って、そう頼んだんだよ」
「へぇー」
イセリはワクワクとして、試しに気軽にを装って、勇気を出して申し出てみた。
「あの、じゃあ、例えば、私も、呼び捨てにしても構わないのですか?」
王子様は少し驚いたように目を見張り、嬉しそうにクシャリと顔を崩した。
「そう言ってくれると嬉しい。実は皆、やはり遠慮して、私が頼んだ人でないと敬称を抜いてくれないから」
「・・・あのお姫様も、ですか?」
「・・・それは、ユフィーの事?」
少し仕方なさそうにつまらなさそうに、王子様が尋ねてきた。イセリは戸惑った。どうやら、あの人の話を出されたくないみたいだ。
戸惑ったのが伝わったようで、困ったように王子様は微笑んだ。
「・・・あなたは、敬称無しで呼んでくれるのかな」
「は、はい! 喜んで!」
「ありがとう」
嬉しそうに王子様は笑った。