第7話 非難
この人は、なんて愚かなんだろうか、とケルネは思った。
処罰への恐れが麻痺するほどに、茫然とした。
「・・・間に合うはずが、ないじゃ、ないですか」
心をそのまま呟いてしまうほどだった。
オーギュット様が、じっと見ている。
零れだした心は止められない。
「謹慎が解けたの、イセリちゃんを諦めたからなんでしょう。イセリちゃんが結婚したって聞いたから、やっと謹慎解けた人が。どうしてそんな事、言えるんですか?」
どうしてケルネがすぐに分かる事を、この人は分からないでいるのだろう。
「じゃあ、イセリちゃん、ずっと待ってたのに、待ってる意味なかったんだ。だって。イセリちゃん、まだ待ってたら、オーギュット様は、まだ謹慎なんて、解けてないのに」
オーギュット様が、少しアゴをあげる。
その動きは何だろう。図星なの?
今気づいたの?
馬鹿なの?
イセリちゃん。無駄だったよ。こんな人、待ってても、何の意味も無かった。
王子様を待つ価値なんて、どこにもなかったよ。
「酷い」
ポツリとまた言葉がケルネから零れた。
「どうして、オーギュット様は、私の前にいるんでしょう。どうして、王都にいて、普通に、平民よりもいい暮らしを、してるの。王子様、王家の人、だったけど。どうして、イセリちゃんとオーギュット様、こんなに違うの?」
「ケルネ」
マルクが呼びかけてきたけど、今のケルネの耳には入らなかった。
「なんで」
グシャリ、とケルネの顔が歪んだ。
「なんで、違うの? うちの家族、全員、色んな嫌がらせとか受けて、泣いたり、今もだし、なのに、どうして? オーギュット様は、偉い人だけど。でも、どうして、うちのお父さんとお母さんは辛くて泣いてて食べていけないぐらいになってるのに、亡くなった王様と王妃様は、悪口とか言われてなくて、うちのイグザお兄ちゃんなんて、イセリちゃんの事でたくさん苦労してるのに、どうして、オーギュット様のお兄様のルドルフ様は、幸せに、国王になって、ユフィエル様とも結婚してて、王子様まで生まれて、すごく素敵に幸せに、暮らしてるのに」
ボロボロと泣けた。
オーギュット様が、ゆらりと動く様に、口を開こうとした。
「ケルネ! ちょっとあんた!」
傍のマルクが、ガシッとケルネの肩を掴んで叫んだ。耳元で怒鳴られて、ケルネはすぐ傍のマルクを見る。
「あんた誰になんて口きいてるのよ!」
肩をグラッとゆすられて、パン、と左頬を平手で叩かれた。
痛みは音程無かった。けれど行動に衝撃を受けて、ケルネは心臓がドクリと痛んだ。
何。マルクが。叩いた。私を。
「ケルネが悪い! だって、あんたのお姉さんが悪かったよ! 謝りなさいよ! 王家と貴族の婚約壊して、大勢の前で濡れ衣着せて、声まで出ないように追い込んじゃったんだ、あんたその家族だから仕方ないよ!」
マルクが、一生懸命叫んでいる。言葉を選ぶように、引っ張り出すようにどこかたどたどしい。
必死で、真っ赤だ。
ケルネに詰め寄る。
「イセリ=オーディオは、考えなさ過ぎたよ! 過去には、ちゃんと貴族に迎えられた人だっていたのに! 謙虚じゃなかった、身の程わきまえて無かった、イセリ=オーディオは反感買うような方法しかしなかった! 平民が、王家と貴族に、そればかりか平民に、皆に迷惑かけて、それであんたにも迷惑かかってるじゃん! 大迷惑じゃん! お姉ちゃんが好きなの知ってるよ、でも、イセリ=オーディオは悪かったよ! 認めなよ、イセリ=オーディオは幸せになれなかったんだよ!」
マルクが、ケルネを詰っていた。
人に言えなかった気持ちを打ち明けたのに、マルクがイセリちゃんの事を、詰っていた。
「うぇ・・・」
違う悲しみがこみあげてきた。体が震えて、新しい涙がどんどん溢れてくる。
マルク、分かってくれてなかった。
「ふぇええええぅ・・・」
明らかに違う泣き方だと気づいたのか、マルクが焦ったように、俯こうとするケルネの顔を覗き込む。
「ケルネ! 謝んなさい! 今すぐ謝りなさい! オーギュット様、優しいから、許してくれるよ! 『ごめんなさい』って! 今すぐ、ほら! 早く身の程わきまえなさい!」
謝らないといけないほど、イセリちゃんは悪い事をしたのか。
イセリちゃんを庇う私も、酷いのか。
間違ってるくせに、オーギュット様に、偉そうな口を聞いたから、いけないんだ。
「ふぅっ、ぇっ、っぅ、」
「・・・っ、ケルネ! お願いだから謝ってよ! ケルネ」
急に泣きそうな顔で、マルクの声も弱る。
「マルク、も、イセリちゃん、悪く、思って、」
「あぁもう、だからさぁ、でも、ね? ね?」
「・・・謝るのか、謝らないのか」
静かな声が聞こえた。
あ、オーギュット様がいたことを、忘れていた。
マルクがケルネの頭をグィと下げて、
「本当に、申し訳ございません。オーギュット様」
と謝った。
「あの、この子、あの、大目に、どうぞ、見ていただきたく、存じます。あの、馬鹿な子で、まだ、分別が無くて・・・・」
その言葉を聞きながら、ケルネはまたボロボロと泣いた。泣いてばかりだ。
一方で、マルクは、ケルネを助けてくれようとしている。そう気づいた。
「・・・私とその子との話に、きみが出てくるのはおかしくないかな」
オーギュット様のどうしてだか穏やかな声が聞こえる。ケルネが頭を抑えられて下を向いているからオーギュット様の表情は見えないけれど。
グッと、ケルネの頭を抑える手に力が込められた。ケルネは思わずつんのめりそうになってよろめきかけた。




