第2話 誰かからの支援
父親は固辞し、オーギュット様は、暗い表情のまま、
「ではせめて、これを。・・・質に」
「え」
父と兄が驚いて顔を上げるので、母もケルネも頭を上げる。
「・・・イセリに、聞いていた」
くしゃり、とオーギュット様が笑う。寂しそうで、辛そうな笑顔だった。
オーギュット様、イセリちゃんに会いたかったのかな、と、当時のケネリはその表情を見て思った。
「品物を、預かってもらって、その代わりにお金を貸してもらうとか。・・・困った人を助ける商売だと誇らしげに話してくれた。期間を決めてあって取り戻すとか・・・取り戻しに、また来よう」
「・・・」
父はチラリとオーギュット様が差し出した、金色の馬の細工がものすごい金の腕輪を見て、すぐにオーギュット様に顔を向けた。
兄イグザは、息を飲むように金の腕輪を見つめている。
「オーギュット様。このような真似を、なさらずとも」
「いや、私の・・・」
「オーギュット様」
父が、オーギュット様がゆるやかに話す言葉を待たずに、頭を再び下げて、言った。
「このような事をしていただきましても・・・もう、娘は・・・イセリはここにおりません。王都を、出ました。ペデュンガに行くという、タホマ家の前当主様にお仕えであったグレモンド様にお声がけをいただき・・・」
オーギュット様は、黙ってその言葉を聞いて、今度は、静かに父親の言葉より先に発言した。
「・・・結婚されたと、聞いている」
「え」
「え?」
「ん」
「へ」
家族皆が驚いて、思わず耳を疑って声を上げていた。
オーギュット様が、家族の様子に、訝し気にわずかに首を傾げた。
兄が尋ねた。
「恐れながら。妹は、イセリは、結婚したのですか。相手は、どなた、いえ、どうして」
「・・・知らないというのか」
オーギュット様は、どこか探るように小さな声で、尋ねた。
「私は、宰相パスゼナから、そのように聞かされた。田舎の、平民の男性と、結婚したと聞いている」
その言葉に、家族の肩から、ホゥ、と力が抜けた。
父も母も涙ぐみだした。
「・・・ありがとうございます。便りも無いので・・・どうしているのかと思っておりました。良かった・・・良かった・・・」
「・・・」
オーギュット様は、驚いた様子で家族の様子を見ていた。
ただ、そんな中で、ケルネだけはいつの間にか、オーギュット様を睨んでいた。
もう少し、オーギュット様が早かったら・・・! イセリちゃん、ずっと待ってたのに! オーギュット様の馬鹿!
オーギュット様がそんなケルネの様子に気がついて、悲しそうに眉を下げた。
悔しそうな表情で、どうしてそんな顔なのかケルネにはさっぱり分からなかった。
***
結局、父親はオーギュット様から金の腕輪を受け取るのを拒否した。
後で家族に聞かせたところによると、もうオーギュット様と繋がるのは良くないし、もし受け取ってしまっても、あれはとても今の店ではさばけない、とも言っていた。
代わりに、後日、なぜか店に親切な資金提供の申し出があった。
店が一生懸命働いているので支援しようと思ったのだ、という匿名の貴族からだった。
父親は困惑しながらも、結果として支援を受けた。
オーギュット様からのご厚意かもしれないし、違うかもしれない。
兄や姉は騙されているのではと心配したけれど、結果として大丈夫だった。
店はその資金で少しずつ立て直すことができた。
家族が暮らしていける分には、やっていく事ができるようになった。
そして、そこから7年後。
ケルネに、貴族の学校の通学許可が舞い降りた。
***
正直、家族は怯えた。
すっかり行き遅れの姉は、
「止めなさい、罠よ、絶対罠よ、行っちゃダメ!」
と取り乱し、嫁の来ての無い兄は、
「嘘だ、嘘だろ、ケルネ、どうして、心当たりは!」
と途中からケルネに詰め寄った。
自分には許可が降りないどころか申請もしなかった次兄は、
「ケルネ、申請してないよな・・・?」
と首を捻った。
「申請してません。そもそも、貴族の学校などお断りです」
とキッパリと、15になるケルネは答えた。
「分かってるわ、そうよね、ケルネ」
「だがそれを平然と口にするな。イセリの二の舞になるぞお前!」
「おかしいよな。だってイセリ姉ちゃんと違って、ケルネはごく普通の一般顔だし」
二人の兄と姉が深刻に話し合う。
両親も真剣だった。
「だが、国王陛下のご温情かもしれない。店も立て直してくださった」
「あなた、これはオーギュット様かも・・・」
「どっちでも良いです。お断りだと言いましたが、実は行こうと思います」
「えっ!」
「えっ!」
「えぇっ!」
「え!」
「えぇ!?」
ケルネのキッパリとした口調に、家族全員が驚いた。
「私、行ってきます。問題なんて起こしません。今は王家の方は学校に通われておられませんし、貴族の方々とも節度を持って過ごせばよいのです。パパ、ママ、イグザお兄ちゃん、ウイネお姉ちゃん、クルトお兄ちゃん」
「お、おぅ」
「うん」
「あぁ」
「・・・」
「えぇ、ケルネ」
ケルネの呼びかけに、次兄、長姉、長兄、父、母がケルネの言葉をゴクリと待つ。
「我が家は、不幸です。イセリお姉ちゃんとオーギュット様の事が、未だにオーディオ家を包んでいます」
「・・・」
「私はこれを好機と捕えます。決してしくじりません。そして必ずや、名を上げ、オーディオ家に幸せを取り戻します。誓います!」
「ぉおお!」
「ケルネー! 大好きー!!」
「・・・お前どうしてそんな性格になったんだろうなぁ」
「ケルネ、無理するな。お前はそもそも女の子でそこまでしなくとも・・・」
「いいえ、あなた、立派になって・・・」
家族それぞれの反応をしかと受け止めながら、ケルネは心の中で思っていた。
このチャンスを逃してはならない。
貴族の学校に行き、いい成績を収めれば、良い職場にだって、つける。それは、この家に名誉を与える。
いつまでたっても、オーディオ家は、悪女イセリの家だとして悪く見られている。
いつまでも腹立たしい。
イセリちゃんがずっと待ってて、泣いてたの、知らないくせに。
私は、オーギュット様に問い詰めたい。責任とれよと詰りたい。残念ながらあの日以降来ないから、それは絶対無理だけど。
それより、どうあっても調べられなかった、イセリちゃんの行方を掴みたい。
結婚したっていうけど、何も知らない。皆、イセリちゃんの事を、なんだかんだ心配している。
せっかく通学許可が降りたのだから。これは絶対、状況を変えるチャンスなのだ。
それに。嫌だったら途中で学校を止めることだってできるのだから。




