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王妃になるはずだった  作者: 天川ひつじ
宰相パスゼナ
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宰相パスゼナは王子に告げる

やっと、あの平民の娘が他の男と身を固めた。


宰相の地位を与えられるほど王家に認められた男・・・パスゼナは、静かなため息をつきながら、報告書から目を上げた。


「・・・目を覚ましてくださると良いのだが」


すぐに正気に戻られるだろうと思っていたのに。まさか2年以上も経つとは。


***


国王陛下夫妻には、王子が二人おられる。


第一王子は幼いころから大人しく従順な性格だった。物事を問えば、一拍置いてから、返事が来る。言葉も動作も緩やかで、穏やかで争いを好まない。

パスゼナは大事に接しながらも、もう少し強さを身につけていただきたいと危惧していた。


第二王子は、利発で活発な子どもだった。物事を問えば瞬時に鋭い返事が来る。よく動きよく笑い、才能に溢れているから自信にも溢れている。

生まれる順番が逆の方が相応しかったのかもしれないと、密やかに思ってしまった事もある。勿論、表面に出す事など絶対に誓ってしないが。


パスゼナから見て、第二王子オーギュット様の方が、明るい未来に相応しかった。


***


第二王子オーギュット様を狂わせたものは、会う価値も無いほど、中身の薄い娘だった。


オーギュット様は良質なものばかりに囲まれていたから、入り込んだ異質に魅了されたのかもしれない。

その意味においては、第二王子オーギュット様は間違いなく人の差異に敏感だったと言えよう。混じること無い歪みは何物にも似ていない。

滅多とないから、確かに希少だ。


だが問題だったのは、例えるなら宝石の中に混じった石炭を、珍しいからと他を捨ててまで宝物にしたことだ。当然石炭にも使い道と価値がある。けれどそれは王子の相手として求められる価値ではない。

宝石こそが尊ばれる。それを、当たり前すぎて誰も伝えきれていなかったのか。


しかし、初めて与えられた愛玩動物のようにあれほど執着されようとは、一体誰が想像しただろう。

聡明なオーギュット様の事だから、自分がありえない暴言や暴挙を振舞っているとどこかで自覚はあったはずだ。浅すぎる調査で有力な貴族を罰するような言動をしてはならない、慎重にと、折りがあれば幼少時から言ってきたのに。

何度思い巡らせても教育が甘すぎたのだと思われて頭が痛む。

あの娘に転ぶ以前は、間違いなく優秀に育てあげられていると、皆が認めていたものを。


『魅了する美』。

過去にも数名、例があった。

美しさは大いに価値がある。身分を超えて認められるほどの美は本物で、拾い上げるべきだ。

過去の彼らは全て、性格も才能も全て貴族に認められ受け入れられるほどの人物に成長している。一人などは、かなり高位の貴族の妻に迎え入れられたほどだ。


第二王子オーギュット様は、この前例を当然ながら知っていた。

それが血迷った理由にはなりえないが。


***


先月、第一王子ルドルフ様と妻ユフィエル様に御子が産まれた。男児だ。

国は祝いに沸いている。

パスゼナ自身も安堵している。

第一王子ルドルフ様は国王となるには穏やか過ぎる。けれどユフィエル様のご実家の力は強大で、加えてそれぞれ一筋縄ではいかない。それがルドルフ様を守る茨になり得る。

穏やかな明るさを信じることができる。


「・・・」

現状を静かに想いながら、宰相パスゼナは、足音のしない長い毛並みの絨毯の廊下を歩く。

扉の前に、二人の衛兵。他に近寄る者はない。禁止されているのだから。


パスゼナは衛兵に目くばせをしてカギを取り出す。


謹慎。けれど、監禁。


出し抜かれて脱走されてしまわないように。

こんなに愚かに、恋に視野を奪われようとは。


***


「何の用だ」

2週間ぶりに会う第二王子オーギュット様は、こんな状態でも利発さをパスゼナに感じさせる。

当時十七だったのが今は十九歳。顔立ちも雰囲気も立派になっていく。なのにこの貴重な成長期が謹慎期間とは。

パスゼナは焦りを覚えている。この事態は一刻も早く正さなくてはならない。優秀な人であったのに、どうしてこうもままならないのか。


一方で、自らの苛立ちを隠し込んで、宰相パスゼナは微笑みを浮かべる。

「今日は慶事を二つ、お伝えに上がりました」

「慶事?」

重要事項の連絡は、パスゼナに一任されている。先月の男児誕生も、まだ伝えていなかった。


「ルドルフ様ご夫妻の間に、未来のお世継ぎがお生まれになりました」

「・・・それは、めでたい事だ。できれば、お祝いをしたい」

「謹慎中は、それも憚られます」

「・・・そうか。・・・ではもう一つは?」


宰相パスゼナは、じっと見る。表情を決して見逃してはならない。

「お祝いがありましたので、特別にお伝えさせていただきます。ご褒美ですよ」

「何だ?」

「イセリ=オーディオが」

パスゼナの言葉に、第二王子オーギュット様の頬がピクリと動いた。わずかに抑えられた変化。けれど見逃すはずはない。

第二王子オーギュット様は、未だにイセリ=オーディオを想い続けている。


「田舎の平民の男と結婚したのです」


オーギュット様の、平静を保とうとしていた表情に、衝撃が確かに走った。

眼球が一瞬、ビクリと動く。膝の上の手が握りしめられようとして、強い意志で動きを封じられる。

けれど。

それは明らかにパスゼナに見えた。


パスゼナは笑みを深くして見せた。

「良かったですね。浮気者などに義理立てせず、オーギュット様も早く回復されることを祈るばかりです」

イセリ=オーディオになど、縛られずに。あなたは広い視野を取り戻すべきなのだ。

その才能も未来もまだ残されているのに。


第二王子オーギュット様は無言だった。

けれど激しく動揺している。平静さを装って、顔が、身体が、隠しきれない緊張で強張っている。


無言の様子を見守ってから、パスゼナはソファーから立ち上がって一礼をした。

「それでは」


「・・・パスゼナ、お前が」

動きかけたパスゼナに、オーギュット様が声をかけられた。

振り向けば、オーギュット様は、パスゼナを見ておられなかった。感情と表情を凍らせて奥にしまい込んだように、動きの見えない雰囲気だった。

「イセリをそそのかしたのか」


なんて有難い質問だろう。

パスゼナは慈愛に満ち、憐みを乗せた微笑みを浮かべる。

「いいえ。この世のすべてに誓って、私は明言できます。イセリ=オーディオの夫は、ただの平民。私の仕組んだものでは決して無く、彼彼女らは、自然に勝手に夫婦となったようですよ」


第二王子オーギュット様の頬に、赤みが差した。


哀れだと、パスゼナは思った。加えて不敬ながら、愚かだ、とも。


第二王子オーギュット様は、あの小娘の接近など、あしらうべきであり、実際あしらう事ができた。

それなのに物珍しさに惹かれ、唯一の価値を見つけてしまった。その行動があの小娘を調子付かせ、味方だった周囲から距離を取らせた。

状況が理解できる聡明さを持ちながら、止まらなかった。止まらないどころか、策略された。正式に、正当に、あの小娘こそを迎え入れようなどと。


学校という諌める年長者のいない環境の中で、最高の地位であったことで、判断に狂いが生じたのか。聡明であったはずなのに、愚かな可能性に賭けたのだ。

事態を悪化させたのは、物事の道理が分からなかった小娘の方ではない。明らかにオーギュット様の方に多大な否があった。身分と将来の有用さを知る者達が、その事実に言及しないでいるだけだ。そして、イセリ=オーディオは、存在を軽んじてよい身分と能力であっただけ。全てイセリ=オーディオに否があると言い放ちやすかっただけ。


・・・ただ、オーギュット様が、無理と暴挙を自覚しながらイセリ=オーディオを手に入れたいと計ったことは、憐れみと同情から来る悲しさを抱いてしまう我が身ではあるのだけれど。


宰相パスゼナは、今度こそ一礼をとり、退出した。

きっと泣きたくなるだろう。その姿を見ないでおく配慮をするほどには、パスゼナはオーギュット様に情がある。


退出するまでに耐え切れなかったらしい。

歯を食いしばって堪える音が、わずかに聞こえた。


・・・彼はこの機会に知るべきだ。

仲睦まじく将来を誓い合っていながら、裏切られた側の痛みを。


パスゼナの胸中に、つい、後悔も浮かぶのだ。

あの娘の未来を価値を取り上げて、許可を出した中に、自分もいた。

あの時、どうして、許可を出してしまったのだろう。

オーギュット様とユフィエル様は、あれほど幸せそうに笑っていたのに。

なんの苦もなく、幸せを手に入れておられたのに。


***


第二王子オーギュット様が謹慎処分となった時。

あの娘から離せば、聡明さゆえにすぐに冷静さを取り戻し、自分の身勝手な振る舞いに気づかれ猛省されるだろうと、予想された。


けれど、周囲の予想を裏切って、彼らはお互いを強く求め続けた。

運命的な恋だったのか。

ならば本当は結ばれるべき二人なのか。


だが、決して許されない。そんな勝手は、許さない。

認められない振る舞いを、彼彼女は行った。


***


正直、あんな小娘など、どうでも良かった。人員と手間をかけるのが惜しいほど、中身のない娘だったからだ。

どのようにでもなれば良い。


ただ、第二王子オーギュット様が、いつまでたっても彼女を諦めきれなかった。

さすがに、己の犯した罪を認めるには至った。オーギュット様にはそもそも自覚があったのだ。ただし、彼女を諦めきれない者の謝罪など、許されない。

いくらオーギュット様が、兄ルドルフ様、並びにその妻となった元婚約者ユフィエル様に謝罪を申し出たとしても、原因となったあの小娘との仲を認めてほしいなどと願っている以上は、周囲がその機会を設ける許可を出すわけがはない。


そればかりか、あの小娘からオーギュット様への手紙がパスゼナのところに持ち込まれた。

中身を確認すれば、別れの言葉などあるはずはなく、つらつら書き連ねてある恋心に、どこまで馬鹿なのかと眩暈を覚えた。


宰相パスゼナは、諦めた。このまま時間による解決を待っている場合では無い。手配せねば。


パスゼナは、様々な者があの小娘を王都から連れ出すような誘惑をかけるように、部下に手配を指示した。

小娘が他の者の甘言に乗り、第二王子オーギュット様との約束を違えれば良いだけだ。簡単に他に気を許す女だったのだと、オーギュット様に事実を伝えれば良い。


けれど、小娘は思うように動かなかった。

小娘の家族が必死に抵抗しているという報告には憐みを覚えた。けれど、それでは困るのだ。

没落貴族の頼る場所として、存在価値は認めつつも、彼らにはなんとかしてイセリ=オーディオについて諦めてもらわなければならない。


男からの誘惑には乗らないと分かったところで、いよいよ生活が苦しくなってきた様子だから、別の誘惑が試みられた。

丁度主が代替わりして目に留まった小さな貴族の家に仕事を与える。

田舎に帰る事になった忠実な使用人に、その家から指令を与えるように手配された。


***


王都を去らせただけでは、生ぬるい。

第二王子オーギュット様は、行方不明でも探し出すと危惧させるほど、あの娘にこだわっている。


一方の、小娘の方も、名前まで変えさせたのに、また戻って来られてはひとたまりもない。

周辺地域に、あからさまに噂を拡散させて、根づかせた。

自分の置かれている状況を知れば良い。

見つからないよう、ひっそり身を潜めて暮らすが良い。


早くどこか適当な平民と落ち着けばいいものを。

だから、彼女と親しくなった若者に少し圧力がかけられた。

「あの子、声かけてみようか。俺の方気にしてたぞ」などと聞かせてみる程度。

だが、圧力を受けて若者は少しゆがみ、見事に捕えるように、あの小娘を囲い込んだ。


してやったり。願ったり、叶ったり。

直接的な手先では無い男と、あの小娘が結婚。

しかも、小娘の方もまんざらではないらしい。表面的には文句を言いながら仲睦まじいと報告にある。


さぁ。オーギュット様。

聡明な頭脳で考えて御覧なさい。


あなたは王族。


早く、あんな者は忘れなさい。


あれを欲するあなたなど、誰も価値を認めない。


・・・あなたは、あの子を手に入れることに失敗したのですよ。


***


パスゼナは、退出した自分の機嫌が良い事に気づいた。王子に明らかな反応があるのが確実だからだろう。


自分への褒美に、早く妻に会いたくなった。今日は早く切り上げて屋敷に戻ろう。


パスゼナの妻は、幼少時から焦がれて止まなかった4歳年上の人だ。

猫のブリリアントは当時6歳だった自分が、彼女の好みを必死に探り、功績を積み上げて飼う事を許してもらった、彼女の心を射止めるための相棒だ。

褒美は功績があってこそ与えられる。

彼女に婚約者が決められてしまう前に、必死に自分にできる最大のアプローチを考えたのだ。


自分を可愛い弟のようにしか思っていなかった年上の彼女は、しかし猫会いたさにパスゼナとの面会を喜んだ。そうしてそうして積み重ねて、結果、パスゼナは焦がれた幸せを手に入れたのだ。


それなのに。

自分ならば、未来を約束してもらいながら、他の男に心移りされるなど、どうあっても耐えられない。


オーギュット様。

あなたは、裏切られた側に一度立ってみられると良い。


そうでないと、あなたはきっと、変われない。


***


第二王子オーギュットが兄夫婦に謝罪する機会を与えられたのは、これより2か月後のある日。

終わり



※もう一人、別視点を掲載予定。

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