第四話 被害
あの人はこんなセコイ嫌がらせしない、と思ったのは間違いだったかもしれない。
イセリの所持品の紛失率が高くなり、発見時にはドロドロのボロボロになっていた事も珍しくない。
廊下を歩いていたら、貴族様たちが自分をみてヒソヒソ明らかな陰口をたたくのも日常になってしまった。
あのお姫様は、イセリを見ると冷たい視線を投げかけた。加えて、何度かあれからも個人的に話をしにやってきた。全てこちらが言い負かしてやったのだが。その分、あのお姫様が嫌がらせの指示を出しているかもしれない、と思い始めている。
エネリくんが、
「オーギュット様に構いすぎてるんだよ、イセリちゃん。・・・夢とか憧れとか言ってるけど、もう止めた方が良い。実害が出てるじゃないか」
ふくれっ面のイセリの様子に、エネリくんが斬り込んできた。
「夢とか言ってるけど、本気なんだろ?」
一瞬ビクリ、と身体が震えたのをエネリ君は見逃さなかった。エネリくんはため息をついた。
「・・・イセリちゃん、これで三年間学校生活送るの? アンヌちゃんが離れていったのだって仕方ないよ。アンヌちゃんにまで被害が出てるんだから。イセリちゃんにごめんね、って泣いて言ってたよ。知ってる?」
「知ってる」
ブスっとイセリは答えた。
嫌がらせが、いつも一緒にいるアンヌにまで及ぶようになったのだ。
アンヌは、イセリに、やっぱり身分っていうのがあるのだし、婚約者もいる人だし、王子様の前をウロウロするのは止めた方が良いよ、と泣きながら訴えた。
でも、それはできない相談だった。
毎日の楽しみは、もうそこしかなかったのだから。嫌がらせを受けていたって、お話ができると思うと、乗り切れる。
正直にアンヌに話すと、アンヌはやっぱり泣いていて、ごめんね、力になれないよ、私は自分の身を守るから、と言ってイセリの傍から離れていった。
それでもまだ嫌がらせは受けているらしくて、その部分は本当に申し訳なく思っている。
貴族様は、平民たちに分け隔てなく嫌がらせをしてくるようになったのだ。
イセリを一人にするのはあまりにも心配だ、とエネリくんは傍にいてくれる。
美声持ちのエネリくんは、なぜか嫌がらせを受けることが少ない。
・・・きっと、嫌がらせしているのが女だからだ、とイセリは思っているわけだけど。
頑ななイセリに、エネリくんはため息をついた。
「・・・イセリちゃん。僕にしとけば。王子さまなんて止めてさ」
「・・・え」
イセリは目を丸くして、そっぽを向いていた顔を上げてエネリくんを見た。
エネリくんは急に照れたように顔を赤くし、それでも言った。しかもとても良い声で。
「僕にすればいいよ、イセリちゃん。付き合おうよ」
真剣に言われているのが分かって、ドキっとした。
数回瞬いてから、イセリは首を横にふった。
「ごめんね、ありがとうエネリくん。でも、今の状態じゃ、頷けないよ」
「どうして。僕に悪いと思うなら、気にしなくて良いからさ」
「ごめんね。ありがとう、今まで傍にいてくれて」
エネリくんはショックを受けたような顔をして数秒言葉を失っていたが、頭を書いて、呟いて見せた。
「そっか。僕の美声で、いけると思ったんだけどなぁ」
「うん、グラっと来たよ。良い声だね」
「・・・ありがとう」
エネリくんも、イセリの傍を離れていった。
イセリは覚悟が出来ていた。
このままではいけない。平民皆に迷惑をかけている。貴族様の嫌がらせだけど、せめて皆への嫌がらせは止めさせなくては。
教師にはすでに相談している。丁寧に話を聞いて味方になってくれるけど、たぶん対応できていないのだろう。変わりがない。
また、何人かの貴族が同情して-なぜか男ばかりだけど。女は付き合いの和を乱せないのかもと思っている-イセリを庇ってくれることもある。
だが、その場は収まっても、嫌がらせは続いている。
とはいえ彼らのお陰で、貴族といえば敵、なんて思わずには済んでいる。やっぱり身分よりも人柄だと思う。
さて。被害に変わりが無い以上、きちんと手を打つしかない。
イセリは、王子様に相談しようと決意した。