第三十七話 教会にて
何とか訴えて、気に入る人がいなければ、また村に戻っても良いと言って貰った。
王都に知り合いがいると何度も頼んだが、王都は遠くて高額だから、グレモンドさんに相談してくださいと言われてしまった。
「グレモンドさんは、よくこの教会に来ていたんですか?」
「いいえ。でも、また様子を見に来ると仰っていましたよ?」
本当に? 疑わしい。こんな状況になっていて、安心できる要素が無い。
なんとかして、自力で王都に帰るしかないのかもしれない。
その日は教会の中の掃除を頼まれた。居場所がないイセリは、それに従う。
朝ご飯が振る舞われたけれど、内容も味も、質素すぎて悲しささえ覚えるほどだった。
***
翌日。イセリは、他にも何人かいた女の子たちと一緒にシスターに連れられて、教会の中の集会所に連れて行かれた。年齢層もバラバラの男の人たちが7人もいた。
イセリを気に入った人が6人いて、是非お嫁に来てほしい、とプロポーズを受けたが、全て気が乗らないと断った。
これにはシスターも驚いて、
「皆さん良い人よ。少しお付き合いするだけでも良いのじゃない?」
と勧めてきたが、無理だった。
そもそも見合いなんてするつもりはなかったし、それにこの期に及んで、イセリはまだオーギュットの事が気にかかっているのだと自覚した。
誰だって、オーギュットに比べれば霞んでしまう。
シスターに説得されているうちに、イセリはついに悲しくて泣いてしまった。
泣いてしまったイセリに、さすがにシスターは諦めて、全員のプロポーズを断ってくれた。
他の子たちはイセリがいるせいで、自分が気に入った人に選んでもらえなかったようだ。6人に気に入ってもらいながら、1人も選ばなかったイセリを冷たい目で見ている。
そんな中で、シスターがよしよしとイセリの頭を撫でて諭した。
「あなたが王子様のお迎えを待っているのだって、聞いていますよ。でも、王子様と言うのは案外近くにいるものですよ。姿やお仕事になど惑わされず、ちゃんと相手を見てあげて?」
そんな無茶な話は無かった。
別に見ようと思ってこの場所にいるわけではない。
それに、名実共に王子様に間違いない人を、イセリは知っているのだから。
すでに、イセリは悟っていた。
ここにいてはいけない。
早くしないと、他の女の子から恨まれる。シスターだって、いつまでも見合いを断り続ける自分を持て余すはずだ。
グレモンドさんをあてにもできない。イセリを騙して連れてきた張本人だからだ。
誰かに頼まれてこんな風にしたのかもしれない。良い人だと思ったのに。
どうして、こんな事を。
どこか分からない、王都から離れた場所で、名前まで変えられて、いきなり知らない人と結婚させようって・・・。
あれ。
・・・もしかして、オーギュットと私を、引き離そうとした・・・?
その考えに至って、イセリはハっとした。
・・・そうかも、しれない。
そう思ったら、次々と納得できた。
オーギュットが他のご令嬢とすでに仲良くなっていると、店に来ていたあの警戒していた男は言った。
でも、あの人は変だった。家族が言うには、貴族では無いのに、噂になっていない話を持ってくるのが怪しいのだという。
貴族の人に指示されて、イセリを騙そうとして、色んな情報を持ってきていたの?
だったら・・・オーギュットがすでに他の人と仲良くなっているのも、嘘だ。
でないと、おかしい。すでにそんな人がいるなら、イセリなんて放っておいていいはずだ。
まだオーギュットがイセリの事を想ってくれているから、周りがイセリとオーギュットを引き離そうとした。
それが、きっと正しい。
私、どうあっても戻らないと。
オーギュットが、待ってくれている。待ってないと、いけない。
約束したんだもの。
***
馬車は高額な運賃が必要で、イセリはそんなお金を持っていなかった。
シスターはグレモンドさんに頼みなさいと言うから、シスターにお金を借りるのは無理だし、ここに置き去りにしたグレモンドさんなんてあてにできるはずがない。
イセリは積極的に教会に出入りしている人たちを観察して、業者の一人に目をつけた。
ダンという名前の、自分よりは年上の若い男で、気のよさそうな、素直そうな人だ。
イセリがウロウロと近寄り、仲良くなりたそうにしているとすぐに仲良くなった。
その様子はシスターに目撃されていたけれど、自分で素敵な人を見つけたのね、と暖かい目で見守られていた。
さすがに申し訳なく思ったが、その誤解を訂正する必要はない。
ある日イセリは、ついにダンに告白した。
「私、王都に行きたいの。連れて行ってくれないかな」
ダンはイセリをじっと見てから、首を横に振った。
「・・・王都は遠い。仕事を休んでそんなところまで行けない。馬車を使えばいいと思う」
「・・・お金が無いの」
そう言うと、相手はショックを受けたようで、ついには涙ぐんだ。
まさか涙ぐまれるなど想像もしていなかったイセリは驚き、慌ててどうしたのかを尋ねた。
ダンは、赤い顔で何とか平静を保とうとしながら、それでも溢れてしまう涙をグイと拭きながら答えてくれた。
「俺のこと、好きになってくれてるって、勘違いしてた。こんな可愛い子が、そんなわけないな」
王都、連れていってあげられなくて、ごめん。
イセリのためになんとか笑おうとしている姿に動揺する。
「ごめんなさい・・・」
「こういう時、謝らないで。余計キツイ」
「・・・自分の事しか考えてなくて。本当に、ごめんなさい」
酷く自分が悪い子になったと思う。
事実そうだった。自分は、この気の良さそうな人を利用しようとしたのだ。




