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第三十五話 様々な申し出

その日から、イセリの様子がおかしくなった。不安定になっている自覚はあった。

不安で不安でたまらない。


「お爺さんとお婆さんのところにそろそろ行った方が良いんなじゃいか、イセリ」

兄さえも心底心配して言った。

イセリはどう返事して良いのか分からない。

どうして良いのか、分からない。


***


今まで話をあまりしなかったお客が、イセリを見て、

「痩せたなぁ」

と言った。それから父を見て、

「静かに暮らせそうな町に連れてった方が良いんじゃないの。前々から思ってたんだがね。なんなら知り合い紹介してやろうか」

などと提案した。


父親は顔を強張らせて、首を横に振った。

「祖父母のところにいく予定だ」

「はーん。なら良いけど・・・」

男は首を傾げた。

「名前だって変えた方が良いんじゃないか。これからますますキツくなるぜ」


どうしてだろうとイセリは思ったが、父親は酷く真剣に頷いていた。


***


ある日、初めて見るお客が来た。

長年仕えてきた主人が亡くなったので、病気の妻の療養を兼ねて田舎に暮らすのだと言い、品物を何点か持ち込んできた。


グレモンドと名乗ったその初老の男はイセリの事を知っていたようで、元々そのつもりで来たようだった。

「あなたの事は知っている。・・・気の毒だって話も聞いているよ。貴族ではないが、それなりの家に住むし、家の世話をしてくれる若い子を探している。どうだろうか」

父親が確認すると、その男は貴族の家からの雇用証明書と解雇証明書を持っていた。本物らしい。

身分のしっかりした人らしかった。

「お嬢さんの名前は有名になりすぎているから、別の名前を名乗って過ごした方が良いのじゃないかと、新しい主も気にかけていたよ」


父親は、イセリの様子を伺うようにした。

イセリは無言だったが、良い話なのかもしれないと思っていた。


イセリの様子を見た父親が、

「お返事に、少しだけ日をください」

と言った。


***


数日間、家族はその男の身元などを、自分たちでできる範囲で調べた。

人柄にも問題なさそうだったし、確かに病気の奥さんがいた。

タホマ家の主人は先月亡くなり代替わりしていた。タホマ家は、地位が低く知名度も低いけれど、確かに貴族の家だった。


「嘘はついていない感じだった。人柄も誠実そうだ。奥様はご病気。とはいえ愛妻家。全て分かるわけでもないが、今のところ、変な噂も出てこない」

父が唸る。

「だが、何か・・・隠されているような気もする。本人には自覚が無いかもしれないが。だが新しい主人からの話で動いているようなのは確かだが。あの人には嘘などは見えなかった・・・」


父はイセリを見た。

「イセリ、どうしたい。今は、国王陛下の温情で暮らしている。だが、ルドルフ様が国王になられたらどうなるか・・・せめてお前が王都から出ていればまだしも」


このままなら、祖父母のところ以外に選択肢は出てこない。

今しかない選択肢だった。


祖父母のところに行くのは、どうしても最後の選択肢にしたかった。逃げた気分になるから。

他の町で、他の名前で、生きていけたら、また良い事が、あるんじゃないか。なんて。


オーギュットは、迎えに来てくれるか、分からないから。

迎えに来てくれなかいかもしれないと、思ってしまったから。


誰も知らない場所に行きたかった。


イセリは、ゆっくりと確認するように頷いて、決めた。

「私、あの人に、ついていってみる・・・」


だから、行くことに、しよう。


***


「あんた、オーギュット様のことは良いの」

イセリが一人でいる時に、姉が来て念を押すように聞いてきた。


「うん・・・もう、2年も経ってるし・・・心変わりしてるかもしれないから・・・」

「そう」


「お姉ちゃん。迷惑いっぱいかけて、本当にごめんなさい」

イセリは謝った。

「うん」

姉は真面目な顔で頷いた。


姉はまだ自分を許していない。それでも自分への姉妹愛を感じた。


***


一番下の妹は、イセリがいなくなることだけを理解して、だだをこねた。

「王子様がお迎えに来るって言ってた。待ってなきゃダメでしょ」

と言い募った。


イセリは、幼い妹には、他の家族には言えなかった様々な気持ちを話してきた。頭を撫でながら、言い聞かせる。

「・・・王子様、約束を、忘れちゃったのかも」

「来るでしょ! 約束したでしょ!」


「・・・お迎えが、来たらいいのにね」

「大丈夫、イセリちゃん、約束したんでしょ! 来るよ!」


イセリは言葉に困って、ごまかすように笑って妹の頭を撫でた。


もう、オーギュットは、迎えに来ないんじゃないかと、イセリは思ってしまうのだ。

まだ好きだけれど。


***


あ。

と、イセリは、やっと気が付いた。


ユフィエル様。


国の事とか、難しい事とか、無しで、私、酷いことをした。


それは突然の気づきだった。


ユフィエル様もオーギュットの事が大好きだったと聞いている。

あの人は、もうルドルフ様と結婚して、幸せになっていて。ご懐妊中だけど。


でも。

私、とても酷かった。


ごめんなさい、ユフィエル様。


こんな思いを、ううん、私は、あの人の目の前でオーギュットの心を貰っていった。

たぶん、ものすごく、辛かったはず。


ごめんなさい。


ごめんね。

身分とかじゃなくて、一人の女の子として。ごめんね。




・・・ユフィエル様が、幸せになってて、良かった。


私も、幸せになりたいな。

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