第三十四話 もたらされた情報
イセリとオーギュットにとって衝撃的だったあの日から、2年が経った。
店はなんとか保っていた。
ルドルフ様とユフィエル様のお祝いと、この店からの謝罪と誠意の姿勢として、質屋の買取を高くして、品物は本来の3割というあり得ないほどの値段で売り出したのだ。
生活はもちろん厳しくなったけれど、生きていけるならそれだけで十分だと家族は判断した。
その方針は功を奏して、お客様が戻ってきてくれたのだ。
イセリの家族が酷く厳しい状況ながら一生懸命働いているのを見て、町の人たちは家族に同情さえして、少しずつ受け入れてくれたのだ。
イセリはまだ遠巻きにされているけれど。
***
その話を入手したのは、兄だった。
「お前と同じ時に学校に通ってた子、卒業してすぐ仕事が決まったらしい」
「そうか」
と父が答えるのを、イセリは動揺して耳を澄ませる。
兄はチラリをイセリを見た。
「エネリ=ザイラって知ってるか?」
「うん」
「ものすごくいい声をしてて見栄えもまぁまぁ良いらしくて、朗読係としてクゥエル家の令嬢に雇われたらしい。令嬢付きだけど、クゥエル家全体で雇ってるみたいなものらしいよ」
「朗読係って、何する人?」
きちんと話せるようになってきた幼い妹が尋ねると、母が答えた。
「お話を読み上げたり、時には、お手紙を読み上げたり、お仕事の内容を読み上げるの」
弟が、
「簡単。俺でもできるよ」
と言うのを、兄が窘める。
「簡単な仕事じゃないぞ。意味が分かって読み上げる必要がある。難しい単語でもスラスラ読めるんだぞ」
「そっか」
イセリはその会話を聞きながら、納得していた。
エネリくんは、とても良い声だった。そうか、声を見込まれて貴族の家に雇われたんだ・・・。
「他には?」
と父が尋ねた。
「えーと」
兄が覚えている範囲で、例が挙げられる。
一人は誘いがあったが断って、けれど貴族に後押しされて、上流の店を開いた。つまり、それら貴族の御用達の店だ。
一人は、料理への熱意が認められて、王宮の勤め人に雇われたらしい。
一人は、画家に。懇意になった子息令嬢の絵をかくようだ。
それから・・・
「きれいな文字を書く女の子がいて、その子はマークィ家のご令嬢に雇われたってさ。筆耕って仕事があるそうだ」
「何するの?」
と尋ねるのは弟だ。
「とにかくきれいな文字を書く仕事があるんだ。手紙とか代筆するらしい。あと、案内状とかなんかいろいろ」
「アンヌちゃんだ・・・」
「知ってる子?」
姉が短く尋ねた。
「うん。友達だった」
「そう」
姉が嘆息した。
「皆ちゃんとしてる・・・」
***
その晩、イセリはやりきれない気持ちになった。
ルドルフ様とユフィエル様の結婚式が行われて以降も、オーギュットは迎えに来ないし連絡も無い。
まだ謹慎中らしいとしか分からない。
そんな中で聞く、学校の同級生の平民たちの卒業とその進路。
・・・私は何をしているんだろう。
***
店にあの警戒すべき客がやってきて、久しぶりにイセリを誘った。
「他の町に連れてってやるよ」
イセリは信用できない人についていくほど馬鹿では無い。首を横に振る。
「勿体ない、よく考えてみろよ」
と男は笑う。
誰かの手先に違いないこんな人にホイホイついていくわけがない。
「あんたさ、変な人だね。オーギュット様は、もう他のご令嬢とラブラブだっていうのにさ」
えっ!?
イセリは大きく目を見開いた。
その様子を、男は酷く楽しそうに見ていた。
***
嘘。約束した。
でも。
もう2年も経ったのに。
オーギュット、心変わり、したの?
足元が崩れるような心地がした。迎えに来てくれると思ってた。
でも、来てくれなかったら?
ずっと、この状態で、私は生きていくの?
***
「やぁ。酷い顔してるね」
また現れた男に、イセリは尋ねた。
「あの、前に言った事、本当ですか?」
「え? 俺と一緒に逃げるって?」
「いいえ。違います。あの、オーギュット様が、あの、他のご令嬢って」
男はニヤニヤした。
「そうだよ。信じられないの? 可哀想だね。そんな馬鹿なとこもまた良いけどね。俺と遊ばない?」
男の態度に絶句した。
そんなイセリに、男がふっと真面目な表情になって、イセリに言った。
「知る人は皆知ってるよ。口止めされてるだけだ。だって、外聞悪いだろ。ユフィエル=キキリュク様との婚約は白紙、その原因となった女とは別れて、もう次の新しいご令嬢に走ってるなんてさ」
真顔で告げられる言葉に、心臓が止まりそうになった。




