第三十三話 状況の悪化
イセリは泣いて家族に謝って、お願いしますと何度も頭を下げた。店番だってきちんとします、と激しく泣く娘に、家族はついに折れ、隠居中の祖父母の元に行くのは将来的な話になり、まだ王都にいることになった。
下手なことをしたら王都から追い出される。
その事実は、イセリの気持ちに影響を与えた。
控えめに、礼儀正しく。そうだ、学校で、貴族の礼儀作法を学んだんだ。それも活かそうと、イセリは思う。
王都にいれば、オーギュットの事が少しでも分かる。完全に情報が入らない田舎に行くのは、今のイセリにはどうしても無理だった。
今の生活の心の支えは、オーギュットとの約束なのだから。
***
ところで、イセリが店に戻ってから現れたとして父親が警戒しているお客が何人かいる。
そのうちの一人は、何度かすでに店に来て、質を置いて取り戻してみたり、流してみたり、流れた後に様子を見に来て、他の品物を代わりと言って購入する。
警戒していたら、どうやらイセリが目当てだったらしい。
ある日、イセリに話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、あんた、ユフィエル=キキリュク様と酷くやりあったらしいね」
「・・・」
イセリは迂闊な言動をしないようにと、控えめに黙って、頷きも何も返さない。
「そんなに緊張しなくても。でもさ、分かるよ。お嬢ちゃんすごくかわいいもんね。俺好みだな」
「・・・ありがとう、ございます」
「ねぇ、俺と付き合わない? 実はお嬢ちゃんが目当てで、来てたところもあるんだよね」
警戒していた通りだった。
イセリは硬い顔で、首を横に振って拒否を示した。
男は別に気分を害したりしなかった。
「ふーん、残念。でも、また来るよ」
笑顔で店を出ていった。
奥から様子を見に現れた父は、無言で難しい顔をしていた。
***
第一王子ルドルフ様と、ユフェイル=キキリュク様の結婚式が行われると発表された。
内心で、イセリは自分が酷く動揺したのを知った。
自分の気持ちが分からない。
でも、どうやら、ユフィエル様だけが幸せになるのが、自分は許せないようだった。
咎められるのは分かるから、一人になって、歯を食いしばるようにして、耐える。涙さえ滲んだ。
町は祝賀ムードで溢れかえっていた。
祝賀ムードの影響か、イセリの店への客足がぐんと落ち込んだ。
未来の王妃様を傷つけた者の店を利用できないと皆が考え、生活を差し置いても利用を控えるようになったからだと父や兄が言っていた。
イセリは心から家族に詫びた。
その場で、姉がポツリと、
「私の結婚も、ダメになった」
と告白した。
家族が息を飲み、母が泣きだし、負けん気の強い姉が顔を真っ赤にして涙を堪えようとするのを、イセリは衝撃を持って見つめていた。
全部、自分のせいだった。
ボロボロ泣いて、イセリは姉に心から謝った。
「絶対許さない、この馬鹿」
姉は憎しみのこもった口調でイセリに泣きながら言ったけれど、そう言われて当然だとイセリは思った。
それでいて、姉が心底真っ黒に憎んでいるわけではなく、どこかで馬鹿だからと許してくれてもいるのが分かって、さらに申し訳なく思った。
***
私は、どうしたら良いんだろう。
イセリは深く沈み込むようになった。
そんな暗くなった生活の中で、変らず店を訪れる人もいる。
警戒している客もいる。
あの客は、イセリを追い詰めるような事を楽しそうに言う。
誰かの差し金かもしれないと、兄が言っていた。そうなのかもしれない。
イセリは店に出ない方が良いのかもしれないけれど、今の店に来るのは、むしろイセリ目当てに来る客が多いようだった。
噂の渦中の人物の様子を見るのを目的に、店をほどほどに利用しているのだ。
今の状態で、イセリを店から下げると、店が保てなくなる恐れがあった。
そんな中で、時折旅でこの町によるという若い男が、気の毒そうにイセリに声をかけた。
「品物が確かだってこの店を使いだしたけど、なんだか、あんた色々あったみたいだな」
「・・・申し訳ありません・・・」
「・・・いや、咎めてるわけじゃなくて・・・」
どこか人のよさそうな若い男だった。
「・・・行く場所がないなら、連れ出してあげるけど、行く気ある?」
「え?」
イセリは驚いて、伏せていた顔を上げた。
何かの冗談かと思ったが、相手は真剣な顔をしていた。
イセリは少し動揺して、自分の容姿が貴族さえ魅了すると言われた事を再認識した。
イセリは、首を横に振って断った。
「そっか。じゃあ、頑張って」
男はあっけないほど納得して、店を利用して帰っていった。




